※画像はイメージです。長船景光
Osafune Kagemitsu
解説
長船景光(おさふねかげみつ)は、鎌倉時代後期から南北朝時代初期にかけて備前国(現在の岡山県)で活躍した長船派の刀工である。長船派の名工長光の子にあたり、開祖光忠から長光、景光へと続く長船嫡流の三代目を担った。通称を左兵衛尉と伝え、嘉元から建武の頃にかけての約三十年にわたる年紀作が数多く現存する。製作年を切った在銘作に恵まれるため、鎌倉末期の備前物を見極めるうえで欠かせない基準作の刀工として重んじられている。
作風の最大の特色は、刃文に「片落ち互の目」を完成させた点にある。これは父長光が用いた互の目を整然と洗練させ、各々の互の目の片側が肩を落としたように傾く独特の構成で、規則的に連なる様は景光の代名詞となっている。地鉄は緻密に詰んだ小板目肌で、長船派のなかでも一段と精美と評され、刃区の上から棒のように立ちのぼる「棒映り」が鮮やかに現れる点も見どころである。さらに刀身彫刻の名手としても知られ、ことに短刀に倶利伽羅龍や梵字、地蔵などを巧みに刻む。父長光には見られない片切刃造の短刀を手がけたのも景光の見どころのひとつである。
代表作には国宝が複数伝わる。「小竜景光」は太刀で、銘を「備前国長船住景光」、元亨二年(一三二二)五月の年紀を持ち、東京国立博物館が所蔵する。茎の区上に小さく残る倶利伽羅龍の彫物が号の由来で、楠木正成の佩刀と伝え、のちに明治天皇の御物となった来歴でも名高い。短刀「謙信景光」もまた国宝で、銘「備州長船住景光」元亨三年(一三二三)三月日を切り、表に「秩父大菩薩」、裏に梵字キリークを刻む。上杉謙信の差料と伝える名品で、埼玉県立歴史と民俗の博物館が所蔵する。このほか年紀の明らかな太刀・短刀が重要文化財として各地に伝わる。
系譜のうえでは、光忠・長光と続く嫡流を受け継ぎ、子の兼光へと相伝の技を伝えた。父長光、叔父にあたる真長とともに「長船三作」と称され、鋒に焼刃を整える優れた帽子の技は「三作帽子」と呼ばれて高く評価される。後世、片落ち互の目の工夫と刀身彫刻の妙によって上工に位置づけられ、確かな年紀在銘作を数多く残したことから、その作は備前伝研究の規範として今日まで珍重されている。
代表作
- 短刀(国宝・彫物入り)