後藤家(家彫)新刀
後藤徳乗
Gotō Tokujō
解説
系統・流派
後藤徳乗(ごとうとくじょう、1550〜1631年)は、後藤家5代目にあたる装剣金工である。4代光乗の嫡男として生まれ、俗名を源次郎、後に四郎兵衛と改め、諱は光基または正家と称した。
経歴
後藤家は初代祐乗以来足利将軍家に仕えてきたが、4代光乗の代に足利家が滅亡し、以後は織田信長、信長没後は豊臣秀吉に仕えた。天正10年(1582)、父・光乗とともに豊臣秀吉から判金改め・分銅役を引き受け、同家の財務管理の一部を担当したほか、天正大判の製作にも従事した。徳川の時代になっても徳川家康・秀忠に任用され、晩年には法眼に叙せられた。
作風・評価
装剣金工としての作品は三所物(みところもの)が主で、赤銅・金の地金に竜・獅子など伝統的な文様を高彫で表したものが多く、格調の高さで知られる。
関連する刀工
和泉守国貞
大坂新刀(摂津国)。大坂を中心とした上方新刀の伝統を継承し、精緻な地鉄と冴えた刃文で知られる摂津派の流れを汲む。師である堀川国広から受け継いだ鍛冶技術を更に洗練させ、大坂随一の名工として知られた。Izumi no Kami Kunisada
江戸時代前期(17世紀前半〜中期)。大坂新刀の黄金期にあたり、泰平の世における刀剣需要は実用よりも美術工芸品としての側面を強めており、国貞はその時代精神を体現した研磨された技巧で名声を博した。
堀川国広
相州伝系(新刀)Horikawa Kunihiro
桃山〜江戸初期(新刀創成期)
大和守吉道
その他Yamato no Kami Yoshimichi
江戸前期
近江守継廣
越前新刀(越前下坂系)Ōmi no Kami Tsuguhiro
江戸時代中期