※画像はイメージです。源清麿の刀
Katana by Minamoto Kiyomaro
別名: 清麿の刀
解説
源清麿(みなもときよまろ)は幕末最後の天才刀工と称される人物であり、「幕末の正宗」とも呼ばれるほどの卓越した技量を誇った。信濃(現在の長野県)出身で、独学に近い形で刀鍛冶の技術を習得し、若くして江戸に出て師の下で修行ののち独立した。清麿の作刀は相州伝を基調とし、大乱れの刃文に豊かな沸・金筋・砂流しが縦横に走る、活気に満ちた個性的な景色を持つ。本刀は刃長約70.5センチで、清麿の相州伝の刃文が最も充実した時期の作とされており、刃中は金筋・砂流しが複雑に絡み合い、刃縁は沸が霞のように立ち込めている。地鉄は大板目肌に杢目が混じり、地沸が深くて密で、視る者を引き込む迫力がある。清麿は酒と放浪を愛した自由奔放な人物であったが、その刀は一切の妥協を許さない完璧主義の産物であった。42歳という若さで没したため現存作品は少ないが、その一振り一振りが幕末の刀剣美術の頂点をなすものとして珍重されている。靖国神社遊就館の収蔵品として、明治維新に殉じた武士精神の象徴的存在でもある。
逸話・伝説
清麿の周囲には多くの伝説が語り継がれている。最も有名なのは、清麿が泥酔した状態で刀を鍛えたにもかかわらず、翌朝完成した刀が最高傑作であったという逸話である。「酒が神の霊感を呼び寄せる」と清麿自身が語ったとされ、その奇妙な鍛刀儀式が弟子や仲間を驚かせ続けた。また、清麿の刀は鞘に収めると夜に青白い光を放つとも伝えられ、敵の侵入を予告する霊刀として武士から崇拝された。幕末の動乱期に多くの志士が清麿の刀を求めたことも伝わっており、「清麿の刀を持つ者は時代を切り開く」という言い伝えが志士たちの間で広まっていたとされる。その早すぎる死は「天才は早世する」という日本文化の悲劇的美学を体現しているとも言われ、清麿への郷愁は現代の刀剣愛好家の間でも脈々と受け継がれている。