※画像はイメージです。白山吉光
Hakusan Yoshimitsu
別名: 白山吉光(はくさんよしみつ)・粟田口吉光作の剣・白山比咩神社御神宝・国宝
解説
白山吉光(はくさんよしみつ)は、石川県白山市に鎮座する白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)の御神宝として奉斎されている国宝の剣(つるぎ)であり、短刀の名工として殊に知られる粟田口吉光(あわたぐちよしみつ)の作品の中でも、現存する稀少な在銘作として刀剣研究の世界に特別な地位を占めている。
粟田口吉光は鎌倉時代中期から後期に京都・粟田口で活躍した刀工で、吉光の代表作「一期一振(いちごひとふり)」(皇室御物)をはじめ、数多くの国宝・重要文化財短刀を遺した日本刀史上最高峰の刀工の一人である。吉光は特に短刀の名手として古来より別格の評価を受けてきた。白山吉光はそうした吉光の遺作の中にあって、剣という形態で現存する稀少な作例であり、刀剣史の研究における証拠価値は計り知れない。
刀身は鎌倉時代太刀の古格を備えており、腰反り(こしぞり)が高く中鋒(ちゅうきっさき)に近い切先を呈する。地鉄(じがね)は小板目肌(こいためはだ)が詰み、地沸(じにえ)が細かく均一に付いて澄み切った肌合いを見せる。刃文は小丁子(こちょうじ)・小互の目(こぐのめ)が複合した吉光特有の精緻な刃文で、刃中に金筋(きんすじ)・砂流し(すなながし)が繊細に走り、匂い口(においぐち)は冴えて白く輝く。
白山比咩神社は北陸を代表する古社であり、霊峰白山(はくさん)を御神体とする全国に約三千社ある白山神社の総本社として知られる。白山が古来より山岳信仰・神仏習合の霊地として崇敬されてきたように、この神社に奉納された白山吉光もまた、白山の神霊と一体となった神聖な存在として代々大切に守り伝えられてきた。
逸話・伝説
白山吉光をめぐる伝説は、霊峰白山の神霊と名刀の霊威が一体となった北陸の神仏習合文化と深く結びついている。白山比咩神社の社伝によれば、白山を開いた泰澄大師(たいちょうだいし)が奈良時代(717年)に白山の神を感得した際、山頂の神域から一条の光が差し、その光の中に一振りの霊剣のビジョンが現れたという。後世この伝説が吉光の剣と結びつき、「白山の神霊が降臨した証として京の名工・吉光の手によって鍛えられた神剣」との信仰が生まれたとされる。 北陸の武士社会では、白山吉光を所持する者は白山の神の加護を受けるとの信仰が広まり、加賀・越前の武士たちが白山比咩神社に参拝する際に必ずこの剣に手を合わせて出陣の加護を祈ったと伝えられる。前田家(加賀藩)の初代・前田利家(まえだとしいえ)も白山比咩神社を篤く崇敬し、文禄五年(1596年)には社殿堂塔の復興を行ったと伝わる。なお白山吉光が加賀前田家にもたらされたのは後年のことで、四代藩主・前田光高の正室として水戸徳川家から嫁いだ阿智(清泰院)の輿入れに伴うものとされ、その没後の万治元年(1658年)に五代藩主・前田綱紀が母の菩提を弔うため白山比咩神社へ奉納したと伝わる。 また、戦国の乱世においても、この剣だけは戦火・略奪から奇跡的に守られたという伝承が残る。加賀一向一揆(かがいっこういっき)の激動の中、白山比咩神社が度重なる危機に見舞われた際にも、白山吉光は神社の奥深く秘蔵されて無傷で伝わり、「白山の神が直接お守りになった」との言い伝えが今日まで続いている。