
新着情報 — 最新の入荷情報はカタログをご確認ください。 商品を見る →
明治23年(1890年)制度設置、明治39年(1906年)4月4日 刀工任命
東京(宮内省)
勢力
宮内省・帝室(制度推進側)
任命刀工2名
約4分で読めます
帝室技芸員(ていしつぎげいいん)制度は、明治23年(1890年)に宮内省によって設置された、日本の伝統美術・工芸を公的に保護するための制度である。廃刀令(明治9年・1876年)後に壊滅的な打撃を受けた日本刀鍛造の世界において、明治39年(1906年)に月山貞一(初代)と宮本包則が刀工として任命されたことは、日本刀伝統技術の存続において象徴的かつ実際的な意義を持つ出来事であった。
明治維新以降、政府の急速な欧化政策により日本の伝統美術・工芸は軽視される傾向が生まれた。一方で、明治10年代(1877〜1886年頃)に入ると、アメリカの東洋美術研究者アーネスト・フェノロサと岡倉天心らが日本の伝統美術の価値を再評価し始め、明治20年(1887年)には東京美術学校が設立された。こうした流れを受けて、宮内省でも日本の優秀な美術家・工芸家を帝室の庇護のもとで保護・奨励する制度の必要性が認識されるようになった。
明治23年(1890年)2月、帝国博物館総長・九鬼隆一が選択委員長に任ぜられ、佐野常民ら7名が委員に選ばれて帝室技芸員制度が正式に開始された。同年10月、最初の帝室技芸員10名が任命された。任期は終身制とされ、当初の定員は20名(後に明治39年・1906年以降は25名)で、毎年100円の年金と、宮内省から下命された制作に対しては別途制作費が支給された。
帝室技芸員制度の成立を理解するためには、明治9年(1876年)の廃刀令の衝撃を避けて通れない。廃刀令は、軍人・警察官を除く全国民の刀剣帯刀を禁止したもので、日本刀の主要な購買層であった武士階級の消滅(秩禄処分との連動)と相まって、日本刀の需要を壊滅的なまでに減少させた。全国に数千とも言われた刀工の多くが廃業を余儀なくされ、農具・包丁・工具などの鉄製品製造に転業した。
月山貞一(初代)は天保7年(1836年)に近江国(現・滋賀県)で生まれ、7歳で大阪の月山貞吉の養子となって11歳から修業を開始した。廃刀令施行時には既に40歳の熟練刀工であったが、需要の急減という時代の逆境に抗い、作刀一筋の道を選び続けた。皇室御用刀匠として明治天皇の軍刀制作を担うなど、廃刀令後も皇室・宮内省との関係を維持したことが後の帝室技芸員任命への道を開いた。
宮本包則(みやもとかねのり)は文政13年(1830年)に伯耆国大柿(現・鳥取県東伯郡三朝町)に生まれ、幼少より刀鍛冶の修行を積んだ。廃刀令後は故郷に戻り、農具・包丁などの鍛造で生計を立てる苦境を経験したが、伊勢神宮の式年遷宮(明治19年・1886年)に際して奉納刀の大量注文を受けたことで刀工としての名声を回復した。孝明天皇・明治天皇の刀を手がけた実績も高く評価された。
制度発足から16年後の明治39年(1906年)4月4日、月山貞一(初代)と宮本包則の2名が刀工として帝室技芸員に任命された。この時点まで刀工が任命されなかったのは、廃刀令後に日本刀の社会的需要が激減し、工芸分野として評価されにくい状況が続いていたためと考えられる。
両名の任命は、日本刀が単なる武器を超えた「美術工芸品」として公的に認定されたことを意味した。明治政府が推進してきた欧化政策の中でも、日本固有の伝統工芸の最高峰として日本刀鍛造が国家的に保護されるべき文化遺産であることが正式に認められたのである。
月山貞一の作刀の特徴は「綾杉肌(あやすぎはだ)」と呼ばれる独特の鍛肌にある。これは大きく波を打った木目状の肌合いで、月山派に伝わる独特の鍛法によって生み出される。加えて「月山彫り」と称される緻密で濃厚な刀身彫刻技法を大成させ、刀工と彫師を兼ねる稀有な技術者として当時最高の評価を受けた。帝室技芸員任命後は宮内省御用刀匠として皇族・著名人の依頼に応じ、大正7年(1918年)に没した。
宮本包則の作刀は備前伝・相州伝を基礎とした格調高い作風で知られ、皇室への奉納刀制作を通じてその技術の高さが評価された。大正15年(1926年)に没するまで制作活動を続け、その技術と名声は日本刀鍛造の近代的継承に大きく貢献した。
帝室技芸員制度による月山貞一・宮本包則の任命は、明治以降の日本刀保護政策の嚆矢として位置付けられる。この制度は昭和22年(1947年)の廃止まで続き、その後の昭和30年(1955年)からの「重要無形文化財保持者(人間国宝)」制度へと理念が継承されていく。
廃刀令後という日本刀伝統にとって最も苦境な時代において、2人の名匠が帝室の保護を受けて活動を続けたことは、現代に至る日本刀鍛造伝統の連続性を保つ上で不可欠な役割を果たした。現在の重要無形文化財保持者(人間国宝)として認定された刀工の系譜には、月山貞一・宮本包則から続く近代刀工史の積み重ねが凝縮されている。