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※画像はイメージです。時代劇や剣戟映画で目にする斬り合いは、俳優同士が本当に刀を打ち合わせているわけではない。あらかじめ振り付けられた一連の動作、すなわち「型」を安全に演じることで、観客には迫力ある真剣勝負に見える演出が成立している。この振り付けを設計し、俳優に指導する専門職が殺陣師である。刀剣を題材にした作品を数多く見てきたファンほど、画面の向こう側でこの職業がどのような仕事をしているのかを知らないまま鑑賞していることが多い。
殺陣は単なる動きの組み合わせではない。刀の間合い、体の向き、足運び、そして刃が相手に触れる寸前で止める距離感覚まで、緻密に計算された設計図の上に成り立っている。派手な立ち回りほど、実は事前の作り込みが綿密であることが多い。俳優は台詞を覚えるのと同じように、何十もの動作の順番と間合いを体に覚え込ませたうえで撮影に臨む。
殺陣を専門とする職業が確立したのは、時代劇が量産された昭和の映像産業黄金期のことである。当初は殺陣の場面で特定の武術を再現する必要が生じるたびに、その道の専門家が個別に呼ばれるのが一般的だった。
この状況を変えた代表的な人物が林邦史朗である。1965年、25歳でNHK大河ドラマ「太閤記」の殺陣師を務め、同時に日本初のスタントマン集団「若駒」を発足させた。林は「殺陣師なら本物の武術を学ぶべきだ」との考えから、剣術諸流派や柔術、琉球古武術、太極拳など各地の武術家のもとを訪ね歩き、実際の武技を殺陣に取り込んでいった。以後、殺陣師は俳優の演技指導者であると同時に、武術と映像表現をつなぐ専門職として定着していく。
それ以前は、剣戟場面ごとに剣術・居合・柔術などの専門家が別々に呼ばれ、統一された演出思想のもとで殺陣が組み立てられることは少なかった。武術家自身が殺陣を体系化する専門職に転じたことで、一本の作品を通じて一貫した「型」の美学を貫くことが可能になった意義は大きい。
殺陣師の仕事で最も重視されるのは、危険な小道具である模擬刀を用いながら怪我を絶対に出さないという安全管理である。そのうえで、観客が「本物の斬り合い」だと感じる説得力を両立させなければならない。
現場で組み立てられる殺陣には、いくつかの共通した工夫がある。稽古の段階では、まず殺陣師自身が相手役となって俳優と型を合わせ、動作の順番だけでなく呼吸のタイミングまで確認したうえで、少しずつスピードを上げていく手順が取られることが多い。
こうした積み重ねによって、一振りの模擬刀が画面の中で本物の刀剣以上の緊張感を生み出す。撮影現場では本身の日本刀が使われることはまずなく、重心や刃渡りを実物に近づけた撮影専用の模擬刀が用いられる。これは俳優とスタッフの安全を守るためだけでなく、繰り返し撮り直しても刃こぼれや変形の心配がないという実務上の理由も大きい。
殺陣師の活躍の場は、時代劇映画やテレビドラマにとどまらない。歌舞伎や大衆演劇といった舞台芸能、近年ではゲーム制作のモーションキャプチャ収録にも、刀剣アクションの監修者として殺陣師が関わるようになっている。表現の媒体が変わっても、刀を扱う所作に説得力を持たせるという役割の本質は変わらない。
映像作品の場合、殺陣は俳優個人の演技力だけでなく、編集のカット割りやカメラワークとも一体で設計される。一つの斬り合いの場面が完成するまでには、殺陣師が組んだ型を俳優が繰り返し稽古し、監督・撮影監督と動線を調整し、さらにスタントマンが危険度の高い部分を代役で担うといった、複数の専門職の共同作業が積み重ねられている。映像における刀剣描写の系譜については、映画と日本刀でも取り上げている。
殺陣師が作り上げる立ち回りの説得力は、彼らが本物の刀剣や古流剣術の理合いを学んでいることに支えられている。逆に言えば、実物の刀剣が持つ重さ、反り、重心の位置を知っていると、映像の中の殺陣がなぜ美しく見えるのかを、より深く味わえるようになる。太刀を用いた大きく振りかぶる型なのか、打刀による素早い抜き打ちなのか、刀の種類によって殺陣の間合いや動きの質そのものが変わってくることも、実物を知る者だけが気づける見どころの一つである。刀剣文化の周辺知識を知ることは、映像作品の見方そのものを変えてくれる。
日本刀×日本文化体験
観光スポットと刀剣文化をつなぐ多言語展開。