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※画像はイメージです。大相撲において、横綱だけに許される特別な儀式が土俵入りである。幕内力士全員による土俵入りとは別に、横綱は単独で土俵に上がり、独自の型を披露する。この時、横綱はただ一人で土俵に立つのではない。呼出・行司・露払い・横綱・太刀持ちという五人が順に入場し、横綱を中心とした一つの隊列を組む。
土俵入りには「雲龍型」「不知火型」という二つの型があり、締め込みの結び方や腕の動かし方に違いがあるものの、露払いと太刀持ちを従える隊列の構成そのものは共通している。この構成そのものが、横綱という地位の特別さを視覚的に示す装置として機能している。
隊列のなかで横綱の前を歩くのが露払いであり、後ろに従うのが太刀持ちである。露払いは文字どおり土俵を祓い清める先導役、太刀持ちは横綱の後方から太刀を携えて従う役目を担う。太刀を鞘に納めたまま、抜くことなく従えるだけの所作であっても、そこに刀剣を伴わせるという発想自体が、この儀礼の性格を雄弁に物語っている。
両者とも、原則として横綱と同じ相撲部屋、あるいは同じ一門に属する幕内力士が務める。なかでも太刀持ちは、番付が横綱に次いで最も高い力士が選ばれる慣例があり、単なる付き人ではなく、その一門の実力と格を体現する役どころでもある。所属部屋に横綱本人以外に有力な幕内力士がいない場合は、系列の異なる部屋や一門から選ばれることもあり、その組み合わせ自体が相撲界の勢力図を映す話題になることも少なくない。
横綱という地位そのものが、力量だけでなく「品格」を要求される特別な称号であることは広く知られている。その品格を視覚的に表現する装置の一つが、太刀持ちが携える太刀である。
刀を帯びるという行為は、本来は武士階級に許された特権だった。横綱土俵入りに太刀が組み込まれている背景には、相撲が江戸時代を通じて武家社会の庇護と観覧のもとで発展し、最高位の力士に武家に准じる格式を与えようとした歴史がある。土俵入りという儀礼のなかに、刀剣が持つ「格式の象徴」としての性格がそのまま持ち込まれている構図といえる。
考えてみれば、刀そのものは相撲という競技には一切用いられない道具である。にもかかわらず、最高位の力士の入場儀礼にだけ太刀が添えられているという事実は、刀剣が実戦の武器としての役割を離れても、なお「格式を示す装置」として機能し続けてきたことを物語っている。
横綱という名称そのものは、土俵入りの際に腰に締める太い綱(注連縄)に由来するとされる。江戸時代には特定の家が横綱の免許を与える仕組みがあったと伝わり、単なる番付上の最高位というより、神事の色合いを帯びた特別な称号として扱われてきた歴史がある。土俵入りが力士の勝敗を競う場ではなく、注連縄と太刀を伴った儀礼として構成されているのも、こうした性格を反映したものと考えられる。
では、太刀持ちが実際に携えているのは本物の日本刀なのか、それとも儀礼用の模造品なのか。この点は相撲ファンの間でもたびたび話題になる。
つまり土俵入りの太刀は、実用の武器としてではなく、贈られた側の名誉と後援者の敬意を形にした美術刀剣として扱われている点に特徴がある。新横綱の誕生に際して後援会が一振りを新たに用意する場合、刀身の選定から拵えの意匠決定まで相応の時間と費用がかけられることも多く、その一振りが土俵入りのたびに繰り返し披露される「その横綱の顔」としての役割を担うことになる。
刀剣は武士だけの文化ではなく、こうして相撲という異なる伝統文化のなかにも生き続けている。横綱土俵入りを見るとき、太刀持ちが携える一振りの由来や拵えに目を向けてみると、大相撲という国技のなかに息づく刀剣文化の奥行きに気づかされる。刀剣がまとう「格式の象徴」という性格は、武家社会が終わった今日でも、こうした儀礼のなかに確かに息づいている。
テレビ中継や場所観戦で土俵入りを見る機会があれば、力士の型だけでなく、太刀持ちが携える太刀の拵えにも目を向けてみてほしい。鞘の意匠や柄の巻き方の一つひとつに、その横綱を支える後援者たちの思いが込められている。
日本刀×日本文化体験
観光スポットと刀剣文化をつなぐ多言語展開。