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※画像はイメージです。日本刀の鞘(さや)を完成させる職人は大きく二種類に分かれる。鞘師(さやし)が朴の木(ほおのき)などの木地を削り出して白鞘(しらさや)または拵え鞘の木地を作り、その後の表面仕上げを担当するのが鞘塗師(さやぬりし)である。
鞘塗師の仕事は単純な塗装作業ではない。漆の種類の選択・下地処理・研ぎ・上塗りの順序管理・革の選択と貼り付けなど、高度な知識と長年の経験を要する専門技術の集積体である。江戸時代には江戸・京都・大坂の三都を中心に鞘塗師が独立した職人集団を形成していたが、現代では同一職人が鞘師と鞘塗師を兼ねるケースが多い。
鞘の仕上げは用途によって大きく異なる。
白鞘(しらさや):保管用の素木の鞘で、塗りは施さない。漆を塗ると木の呼吸が妨げられ、鞘内部の湿度管理が難しくなるためである。白鞘は鞘師の仕事領域で、鞘塗師の出番はない。
塗り鞘(ぬりさや):実用・儀礼用の拵え鞘で、漆を塗って仕上げる。江戸時代以前は「黒漆塗り(くろうるしぬり)」が最も一般的な仕上げであり、武家の格式を示す黒い鞘は侍の象徴的装いだった。
革巻き鞘(かわまきさや):鮫革(さめがわ)や鹿革などを木地に巻き付けて仕上げる鞘。実用性が高く、柄(つか)の鮫革と素材を統一することで拵え全体の統一感を生む。薩摩藩の「薩摩拵え」では革巻き鞘が好まれた。
漆には原料の精製度・産地・用途によって多くの種類がある。鞘塗師が使う主な漆は以下の通り。
生漆(きうるし):精製前の天然漆で、下地塗りに使われる。木地に最初に染み込ませることで木材を強化しつつ、後の塗り層の密着性を高める。
透漆(すきうるし):精製された半透明の漆で、朱塗りや黒漆の中間層として使われる。色漆の発色を左右する重要な素材。
黒漆(くろうるし):鉄粉または炭粉を混ぜて黒くした漆。武家の鞘の定番仕上げで、安価で耐久性が高い。
塗りの工程は「下地塗り→中塗り→上塗り」の三段階が基本だが、最高品質の仕上げでは下地だけで数回の研ぎを挟み、10〜15工程以上になることもある。各工程の間に十分な乾燥時間(漆の場合は温湿度管理された部屋「漆室(うるしむろ)」が必要)を取ることが品質の鍵を握る。
鮫革(さめがわ)は柄(つか)の巻き下地として使われることで有名だが、鞘の一部に使われることもある。正確には「鮫皮(さめかわ)」と呼ばれ、エイやサメの皮膚に存在する無数の小突起(盾鱗・じゅんりん)が研磨用素材として機能し、滑り止めにもなる。
鮫革を鞘に貼る作業は、革を水で柔らかくしてから木地に密着させ、乾燥とともに収縮させることで密着させる技術が基本だが、貼り目の処理と表面の平滑化は高い技能を要する。
鹿革巻きは薩摩拵えの象徴的仕上げで、天然色の淡褐色が黒漆の鞘とは異なる素朴な武骨さを持ち、江戸後期以降に武家の間で一定の人気を集めた。
現代では鞘塗師を専業とする職人は極めて少なくなっている。日本美術刀剣保存協会の関連団体に登録された刀職者の中で「鞘塗師」として活動する者は数十人程度とも言われ、高齢化と後継者不足が深刻だ。
現代の鞘塗師が直面する課題は技術継承だけではない。品質の高い天然漆の価格高騰(国産漆は輸入漆の数倍〜数十倍)、熟練した漆芸人材の減少、受注量の不足による経営困難など、産業としての持続可能性が問われている。
一方で、日本刀への関心の高まりや、漆芸を日本文化遺産として保護しようとする動きが鞘塗師の仕事に再び光を当てている。伝統的な黒漆塗り鞘の需要は底堅く、現代刀匠の作品に付随する拵えとして鞘塗師の仕事は継続している。
鞘塗師の仕事は刀身の研磨や鍛刀ほど注目されることは少ないが、日本刀という総合工芸品の「外装の完成」を担う不可欠な専門職として、今後も継承されるべき技術である。
日本刀×日本文化体験
観光スポットと刀剣文化をつなぐ多言語展開。