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※画像はイメージです。日本刀の拵え(こしらえ)を構成する専門職人の一人が「塗師(ぬりし)」だ。鞘師(さやし)が木地を削り出した鞘に、塗師が漆(うるし)を塗って仕上げる。鞘の仕上がりは刀全体の印象を決定づけ、持ち主の身分・趣味・価値観を表現する重要な要素だった。
塗師の職域は鞘の塗りだけでなく、柄(つか)の補強塗り、鞘の補修・再塗り、刀箱や台座などの周辺道具への漆塗りにまで及ぶ場合もある。刀装具の職人群の中では、鞘師・柄師・金工師・研師などと並ぶ独立した専門職として歴史的に機能してきた。
塗師が使用する漆は、主に国産の「本漆(ほんうるし)」と呼ばれる漆の木(ウルシノキ)の樹液だ。採取方法・精製方法によって「透き漆(すきうるし)」「黒漆(くろうるし)」「朱漆(しゅうるし)」「呂色漆(ろいろうるし)」などに分類され、それぞれ異なる色合いと光沢をもたらす。
塗り技法も多岐にわたる。「呂色仕上げ(ろいろしあげ)」は最も光沢が強い仕上げで、何層も重ねた漆を最終的に炭研ぎと磨きで鏡面状に仕上げる。「石目仕上げ(いしめしあげ)」は表面にわずかな凹凸を残したマット系の仕上げで、武骨な趣を好む武家拵えに多用された。「蒔絵(まきえ)」は漆地に金粉・銀粉・色粉を蒔いて文様を描く技法で、拵えの最上級の装飾として発展した。
漆の乾燥には温度20〜25℃・湿度70〜80%程度の環境が最適であり、塗師はこの条件を保つ専用の部屋「漆室(うるしむろ)」を用いて各工程間の乾燥を管理する。高品質な仕上げでは下地だけで複数回の研ぎを挟み、全工程が10〜15段階以上に及ぶことも珍しくない。なお、保管専用の白鞘(しらさや)には漆を塗らないのが原則である。漆が木の呼吸を妨げると鞘内部の湿度管理が難しくなり、刀身の錆につながるためだ。
塗師の修業は伝統的に師匠に弟子入りする形で行われた。下地処理(木地調整・サビ付け・麻布張り)から始まり、中塗り・上塗り・仕上げ研ぎ・磨きへと段階的に技術を習得する。一人前の塗師と認められるまで、師匠の下で5年〜10年かけて修業するのが慣例だった。
現代では漆芸学校や工芸専門学校での教育も行われているが、刀装具専門の塗師として独立するためにはやはり師匠への弟子入りが最も確実なルートとされる。国内の伝統漆芸産地(輪島・会津・京都など)との技術的つながりも深く、地域の漆芸文化と刀装具の塗り技術は密接に関係している。
塗師の技術の歴史は日本刀の歴史と重なる。平安時代の太刀拵えでは「黒漆太刀(くろうるしのたち)」や「糸巻太刀(いとまきのたち)」に代表されるように、鞘全体を漆で仕上げた豪壮な作例が残る。鎌倉・室町時代には戦場での実用拵えが中心となり、丈夫で素朴な塗りが好まれた。
江戸時代に入ると平和が続く中で拵えの美術的価値が高まり、蒔絵や高蒔絵(たかまきえ)を施した豪華な鞘が大名家の注文で製作された。大名家の刀箪笥に収まる贈答用拵えは、塗師・蒔絵師の技術を集約した工芸品として現代に伝わっている。
刀装具専門の塗師は現代において非常に少なくなっている。刀剣需要の縮小と職人の高齢化が重なり、廃業する塗師が後継者を確保できないまま仕事を終えるケースが増えている。文化庁や各種伝統工芸保存団体は後継者育成補助金の提供や研修制度の整備に取り組んでいるが、塗師という職種に特化した支援は十分でないのが現状だ。
一方で、刀装具への関心が高まる中、若い漆芸家が刀の鞘塗りへと活動領域を広げるケースも出始めている。現代刀を製作する刀匠と連携し、一振りの刀の全工程に携わる「ものづくりの総合体」として塗師の仕事を再評価する動きが、少しずつではあるが広がっている。
「変り塗(かわりぬり)」とは、通常の黒漆一色仕上げと異なる、特殊な意匠・技法を用いた鞘塗りの総称だ。以下に代表的な種類を整理する。
蝋色塗(ろいろぬり): 漆仕上げの最高峰とされる鏡面仕上げ。上塗り後に駿河炭(するがずみ)で表面を磨き、さらに角粉(つのこ=鹿の角の粉末)等の研磨剤と生漆を用いて磨き込むことで、漆本来の深い光沢を引き出す。何十もの工程を経るため、塗師の技術と時間が最も要求される仕上げだ。「呂色」とも表記し、同一の技法を指す。
石目塗(いしめぬり): 表面に細かい凹凸を意図的に残したマット系の仕上げ。滑り止め効果もあることから実用武家拵えに多く用いられ、肥後拵えの鞘にも見られる素材感を重視した仕上げだ。
革巻き鞘(かわまきさや): 鮫革(さめがわ)や鹿革を木地に巻き付けて仕上げる形式で、漆塗りとは異なる素朴な武骨感が特徴だ。鮫革を貼る際は革を水で柔らかくしてから木地に密着させ、乾燥による収縮で固着させる。貼り目の処理と表面の平滑化には高い技能を要する。薩摩藩の「薩摩拵え(さつまごしらえ)」では鹿革巻き鞘が好まれ、その淡褐色が黒漆とは異なる質実剛健の美を生み出した。
青貝塗(あおがいぬり): 螺鈿(らでん)技法の一種。貝殻(鮑貝・夜光貝・蝶貝等)を約0.1mmの薄さに研磨して漆地に貼り込む技法で、貝殻の薄さゆえに下の黒漆が透けて見え、青みがかった独特の玉虫色光沢が生まれる。日本への螺鈿伝来は奈良時代の遣唐使交流期まで遡り、正倉院宝物にも螺鈿の技法が見られる。刀鞘への応用では、大名家の儀礼用拵えや女性向けの懐剣拵えに特に多用された。
塗師の仕事は鞘師・柄師・金工師との分業体制の中で成り立っている。その分業の中で塗師としばしば言及されるのが白銀師(しろがねし)だ。白銀師は刀身と柄の境目に填める金属部品「鎺(はばき)」の製作を専業とする職人で、銀・赤銅・金などの金属を加工して刀身に密着する形に成形する。鎺は刀を鞘に収めた際に刀身がぐらつかないよう固定し、抜刀時の衝撃を和らげる機能を持つ。室町期以降の分業化が進む中で、白銀師は鎺製作の専門職として独立し、塗師・鞘師とともに拵え制作の基盤を支えた。
黒漆太刀(くろうるしのたち)は平安時代の武家装束における代表的な拵えで、鞘全体を黒漆で塗り上げた格調ある形式だ。鎌倉時代の糸巻太刀(いとまきのたち)は鞘の上部を組糸で巻いた形式を持ち、塗師の漆塗りと組紐師の技術が組み合わさって完成する。江戸時代の大名家が婚礼用・儀礼用に制作した蒔絵拵えでは、塗師の上塗りの上に蒔絵師が金粉を蒔いて文様を完成させる協業が行われた。