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※画像はイメージです。明治九年(1876年)に発布された廃刀令は、士族の帯刀を全面禁止し、日本刀産業に壊滅的な打撃を与えた。江戸時代を通じて武士の需要を背景に成立していた刀工・刀鞘師・金具師・研師の生産体制は、一夜にして需要基盤を失った。廃刀令後10年間で廃業した刀工は全国で推計数百名に上り、特に江戸(東京)・大阪・京都といった都市部の刀工集積地は壊滅状態となった。
しかしながら廃刀令は、刀剣という文化的産物そのものを消滅させることはできなかった。むしろ刀剣は「武士の魂」から「日本文化の象徴」へと意味転換を遂げ、骨董品・美術品としての価値を新たに獲得していく。この変容の過程で、刀剣鑑賞という近代的文化実践が生まれた。
明治二十年代(1887〜1897年)は、日本の国粋主義運動が高揚した時期にあたる。政教社(せいきょうしゃ)が創刊した雑誌『日本人』を中心に、西洋化一辺倒に反対し日本固有の文化・精神を守ることを主張する知識人たちが登場した。この文脈の中で、「帯刀の自由を回復すべきだ」という議論が一部で起きた。
もっともこれらの議論は、実際の政策変更には至らなかった。帯刀禁止は明治政府の近代国家化路線の根幹に関わるものであり、士族特権の復活は政府にとって受け入れがたかった。しかし「刀剣=日本精神の体現」という言説は定着し始め、刀剣を「美術品」「文化財」として保護・普及する方向性が醸成されていった。
明治二十九年(1896年)に帝国博物館(現東京国立博物館)で開催された美術工芸展では、刀剣が重要な美術品の一カテゴリとして展示され、これが刀剣鑑賞の大衆化を促す一つの契機となった。
明治二十七年(1894年)の日清戦争と、明治三十七年(1904年)の日露戦争は、刀剣産業に新たな需要をもたらした。軍人が正式礼装として佩用する「軍刀(ぐんとう)」は、廃刀令後に消滅した刀剣需要を部分的に復活させた。
軍刀には二種類が混在していた。一つは、西洋式のサーベル形状を持ち、洋刀技術で製造された「洋式軍刀」。もう一つは、日本刀の鍛造技術によって作られた「日本刀式軍刀」で、後者は高級将校を中心に需要があった。日本刀式軍刀の需要に応えるため、廃業していた刀工の一部が活動を再開し、東京・大阪の刀工工房が軍からの受注を受けるようになった。
この軍刀需要が、「新々刀晩期」と呼ばれる時期における刀工活動の重要な支柱となった。技術的には江戸後期の新々刀の系譜を引きながら、軍という新たな需要先に向けた制作を行う刀工たちが、明治後期から大正期にかけて各地で活動した。
廃刀令の後、伝統的鍛刀技術を守り続けた刀工たちは、厳しい経済環境の中での活動を余儀なくされた。岡山・広島・島根・鳥取といった中国地方と、肥前(佐賀)・薩摩(鹿児島)の九州地方に、伝統を引き継ぐ刀工が比較的多く残存した。
明治期を代表する刀工の一人、月山貞一(がっさんさだかず、1836〜1918年)は、大阪を拠点として活動した新々刀晩期の名工である。月山派の伝統的な「綾杉肌(あやすぎはだ)」を継承しながら、宮内省(現宮内庁)向けの御用刀や展覧会用の名品を制作した。明治二十八年(1895年)に京都・岡崎で開催された第四回内国勧業博覧会では有功二等賞を受賞し、日本刀が近代の美術工芸展における評価対象として認められる先鞭をつけた。
月山貞一の活動は、明治の刀剣文化の在り方を象徴している。軍刀の大量需要ではなく、精緻な芸術品としての刀剣制作を追求し、展覧会・宮内省という新しい「需要先」を開拓した。この路線は後の昭和期における「人間国宝」制度(無形文化財保持者)への道筋を先取りするものだった。
明治後期から大正期にかけて、刀剣の学術的研究と鑑定文化が近代的に整備され始めた。本阿弥家(ほんあみけ)が江戸時代から担ってきた刀剣鑑定の伝統を引き継ぎながら、新しい形での刀剣研究が展開された。
大正六年(1917年)には「日本美術刀剣保存協会(NBTHK)」の前身となる組織が設立され始め、刀剣の真贋鑑定・保存・普及を体系的に行う機関の整備が進んだ(NB THKの正式設立は戦後)。これにより、刀剣の価値判断が個人の鑑定家の主観に依存する段階から、組織的・客観的な評価体系へと移行する基盤が築かれた。
刀剣雑誌の創刊もこの時期に相次ぎ、愛好家・収集家層の形成が進んだ。「刀剣趣味(とうけんしゅみ)」と呼ばれる刀剣鑑賞の文化実践が、士族・旧武家階層を超えて商工業者・文人・実業家層にまで広がったのは、明治後期から大正期の重要な文化的変化だった。
廃刀令から約40年を経た大正期に、日本刀は「かつての武器」から「文化財・美術品」としての地位を確立しつつあった。この転換が、昭和期における刀剣保存運動・無形文化財制度の整備へとつながり、現代の日本刀文化の在り方を決定づけることになる。
日本刀×日本文化体験
観光スポットと刀剣文化をつなぐ多言語展開。