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※画像はイメージです。金象嵌銘(きんぞうがんめい)・銀象嵌銘(ぎんぞうがんめい)とは、刀身の茎(なかご)に、金または銀の線や文字を埋め込んで刀工名などの鑑定情報を記す技法である。刀工自身が鏨(たがね)で直接刻む通常の銘とは異なり、後世の鑑定家が「この刀は何某の作である」と判断した結果を、象嵌という金工技術によって刀身に刻み込んだものを指す。
古い時代の名刀の中には、もともと銘が切られていなかったもの、あるいは太刀を打刀に仕立て直す磨上げ(すりあげ)の際に、銘のある茎の部分が切り詰められて失われてしまったものが少なくない。作品自体の出来は一級品であっても、銘がなければ誰の作か分からず、その刀の由緒や価値を伝える手段が失われてしまう。こうした無銘の優品に対して、鑑定家が作者を見極め、その結果を刀身に残す仕組みとして発達したのが象嵌銘である。
無銘刀の鑑定と象嵌銘の付与に大きな役割を果たしたのが、代々刀剣の鑑定を家業とした本阿弥家である。本阿弥家は武家や朝廷からの依頼を受けて刀剣を鑑定し、無銘の優品について作者を極めた場合、その結果を折紙(鑑定書)として発行するとともに、茎に金または銀で銘を象嵌することがあった。象嵌された銘は、鑑定家の権威を背景とした一種の証明であり、後世にその刀の由緒を伝える重要な手がかりとなっている。
象嵌銘を刻む作業は、刀身そのものを鍛える技術とは異なる、金工師の繊細な手仕事である。おおまかな工程は次のように整理できる。
金や銀を単に貼り付けるのではなく、掘った溝に打ち込んで機械的に固定するため、正しく施された象嵌銘は容易には剥がれ落ちない。この堅牢さが、象嵌銘が数百年を経てなお読み取れる状態で現存している理由の一つである。
金象嵌銘と銀象嵌銘は、用いる金属が異なるほか、時代や鑑定の重みづけにも一定の傾向があるとされる。金は銀に比べて変色しにくく、より格式の高い鑑定に用いられる素材と位置づけられてきた面がある一方、銀象嵌もまた広く行われてきた技法であり、両者の違いを単純な優劣として捉えるのは適切ではない。いずれの場合も重要なのは、象嵌銘そのものが刀工本人の銘ではなく、あくまで後世の鑑定結果であるという点である。
象嵌銘が入っているからといって、その鑑定が絶対に正しいとは限らない。時代を経て象嵌自体が摩耗したり、後世に加えられた可能性を含めて、総合的に判断する必要がある。刀身の出来と象嵌銘、そして伝来の由緒を突き合わせて読み解くことが、無銘の名刀と向き合う上での基本的な姿勢となる。象嵌銘は単なる装飾ではなく、幾世代にもわたる鑑定家たちの目利きの蓄積が刻み込まれた、刀剣文化ならではの記録の形式なのである。
本阿弥家による鑑定結果は、象嵌銘という形で刀身そのものに残されるだけでなく、折紙と呼ばれる鑑定書としても発行された。折紙は刀の来歴や評価額の目安を記した文書であり、象嵌銘と折紙が揃って伝わる場合、その刀の由緒はより手厚く裏づけられることになる。一方で、折紙のみが伝わり象嵌銘を欠く例や、逆に象嵌銘のみが残り折紙が失われている例も少なくなく、両者は必ずしも常にセットで現存するわけではない。伝来の過程で片方が失われた経緯そのものが、その刀がたどってきた歴史を物語る手がかりになることもある。
現在では、公益財団法人日本美術刀剣保存協会(NBTHK)などの専門機関が、科学的な調査方法も取り入れながら刀剣の鑑定・審査を行っている。象嵌銘は、こうした現代の鑑定制度が整う以前の時代に、本阿弥家という特定の家系の権威のもとで行われてきた、いわば古い時代の鑑定文化の産物である。現代の鑑定書と象嵌銘とでは、鑑定の方法も制度的な位置づけも異なるが、無銘の優品に対して専門家が知見を尽くして作者を見極め、その結果を後世に残そうとする姿勢そのものは、時代を超えて共通しているといえる。
象嵌銘が刻まれた刀は、単に作者が判明しているというだけでなく、鑑定を依頼した持ち主が誰であったか、どのような経緯でその刀が世に評価されるに至ったかという、来歴そのものを物語る資料でもある。武家が家宝として伝えてきた刀に鑑定を求めた背景には、その刀を後世に正しく伝えたいという強い思いがあったと考えられる。象嵌銘は、刀工の技と鑑定家の眼識、そして持ち主の思いという、複数の人々の営みが積み重なって初めて成立する、刀剣文化ならではの記録の形なのである。