※画像はイメージです。戦国時代中期1537?-1579?
富田勢源
Tomita Seigen
中条流剣術の達人・目が不自由でも無敵の剣客
解説
富田勢源(生没年諸説あり、1537年頃-1579年頃)は、越前国(現在の福井県)の剣客であり、中条流剣術の達人として戦国時代に絶大な名声を馳せた人物である。晩年に視力を失ったにもかかわらず、その剣技の神髄は衰えることなく、多くの剣客がその教えを求めて訪れたとされる。
勢源の出身については諸説あり、越前富田家の出身とも、鞍作氏の出身とも伝えられる。若い頃から中条流(細川流とも)剣術を学び、その高弟として頭角を現した。中条流は南北朝時代の中条兵庫頭長秀が開いたとされる小太刀を中心とした剣術流派であり、勢源はこれを究めて越前国において最強の剣客とされるようになった。
勢源の剣術の特徴は、小太刀の技と間合いの妙にあった。相手の大刀に対して小太刀で応じる技術は、勢源の時代において画期的なものであり、その妙技は「勢源の小太刀」として語り継がれた。また視力を失った後も剣の道を究め続けた姿は、剣術が視覚的な技術を超えた精神的な境地に達することを示す逸話として後世に伝えられている。
弟子の中では特に富田重政(のち「富田流」を開く)と、富田勢源から剣術を学んだとされる鐘捲自斎が著名である。鐘捲自斎は後に佐々木小次郎に剣術を教えたとされ、佐々木小次郎の「燕返し」の技が勢源の小太刀技術の影響を受けているという説もある。このように勢源の剣術思想は、後世の剣豪たちに多大な影響を与え、日本剣術史において重要な位置を占めている。
所持した刀剣
- 勢源の小太刀(越前中条流正伝)
- 富田勢源愛用の短刀