※画像はイメージです。戦国時代1502-1550
大友義鑑
Ōtomo Yoshisuke
豊後府内の大友氏第二十代当主・二階崩れの変に倒れた九州の覇者
解説
大友義鑑(1502-1550)は豊後国(現大分県)を本拠とした大友氏の第二十代当主で、大友宗麟(義鎮)の父。九州北部に強大な勢力を誇り、豊後府内(現大分市)を本拠に大友氏の勢力を広げた(府内が南蛮貿易港として栄えるのは子・宗麟の代である)。しかし後継問題を巡る家中の争乱「二階崩れの変」(1550年)において、後継に指名しようとした庶子・塩市丸派の家臣によって刺傷され間もなく死去した。豊後の刀工が打った九州系の刀剣を愛用し、南蛮貿易で得た鉄素材を活かした独自の鍛刀文化を育んだ。大友家の全盛期を築いた父として、また宗麟の刀剣文化の素地を作った人物として刀剣史に重要な位置を占める。
所持した刀剣
- 豊後打刀(大友家中の九州系刀剣)