※画像はイメージです。bakumatsu1847–1908
松平定敬
Matsudaira Sadamasa
桑名藩主・京都所司代
解説
松平定敬(まつだいらさだまさ、弘化4年〈1847年〉〜明治41年〈1908年〉)は、江戸時代末期(幕末)の大名・幕臣。伊勢国桑名藩(現三重県桑名市)第6代藩主。兄に会津藩主・松平容保がおり、兄弟ともに幕末の動乱を戊辰戦争まで幕府方として戦い抜いた。
京都所司代としての活動
定敬は元治元年(1864年)、弱冠17歳で京都所司代に任じられた。兄・容保が京都守護職として治安維持を担う中、弟の定敬は朝廷との交渉窓口として機能し、新選組を統括する兄の幕政運営を側面支援した。禁門の変(1864年)では長州軍の御所攻撃を防ぐ戦闘に加わり、幕府権威の維持に尽力した。
戊辰戦争と抵抗
慶応3年(1867年)の大政奉還後も定敬は幕府への忠誠を貫き、鳥羽・伏見の戦い(1868年1月)では旧幕府軍として戦った。敗北後は兄・容保とともに江戸へ退き、その後も榎本武揚らと合流して函館戦争(五稜郭の戦い、1869年)まで抵抗を続けた。五稜郭の降伏により捕縛されたが、その後赦免を受けた。
明治以降
明治維新後は謹慎・蟄居を経て赦免され、晩年は東京で静かな余生を送った。激動の幕末を兄弟で生き抜いた松平容保・定敬は、幕府への忠義の象徴として語り継がれている。