※画像はイメージです。今川氏親
Imagawa Ujichika
駿河・遠江を統一した今川家中興の祖・今川義元の父
解説
今川氏親(1473-1526)は、戦国時代初期の今川氏当主であり、今川義元の父として知られる。駿河・遠江の二国統一を成し遂げ、今川家の戦国大名としての基盤を確立した「中興の祖」とも称される人物である。また日本最初の分国法の一つとされる「今川仮名目録」(1526年)を制定した法治的君主としても高く評価されている。
氏親は文明5年(1473年)に今川義忠の子として生まれた。父・義忠が文明8年(1476年)に遠江の国人勢力との戦いで戦死したため、幼くして今川家の家督相続問題が生じた。この争乱(今川氏の内紛)を経て、氏親は伊勢宗瑞(後の北条早雲)の助力を得て家督を確立した。以後、伊勢宗瑞との連携のもと駿河・遠江の支配を固め、西方の斯波氏・東方の扇谷上杉氏との抗争に勝ち抜いていった。
氏親の政治的業績として特に重要なのが「今川仮名目録」の制定である。これは33条からなる分国法(領国統治法)であり、家臣の行動規範・訴訟手続き・刑罰などを明文化した。当時の先進的な法律思想を反映したこの法典は、後に今川義元・太原雪斎らによって追加・整備された「今川仮名目録追加」とともに、今川氏の支配体制の根幹をなした。
日本刀との関わりにおいて、氏親は駿河の刀鍛冶文化を発展させた君主として重要である。駿河国(現在の静岡県中部)は中世以来の刀鍛冶の産地であり、氏親の治世に相州伝(鎌倉時代に興った正宗ら相模の刀工の技術的系譜)の影響を受けた駿河の刀鍛冶が最盛期を迎えた。氏親自身も刀剣を重視し、外交の贈答品として名刀を使用したことが記録に残る。今川家の刀剣コレクションの基礎を作り、義元・雪斎へと継承される今川刀剣文化の礎を築いた。
所持した刀剣
- 今川家外交贈答品の名刀・相州伝駿河打刀
- 今川仮名目録に記された刀剣礼法の象徴刀