※画像はイメージです。室町時代1465-1489
足利義尚
Ashikaga Yoshihisa
室町幕府第9代将軍・親征の将軍
解説
足利義尚(1465-1489)は室町幕府第9代将軍であり、応仁の乱後の混乱期に将軍自ら軍を率いて近江に出陣した将軍として知られる。足利義政と日野富子の間に生まれ、幼少時から将軍後継者として育てられた。1473年に父・義政から将軍職を継承し、以後は幕府権威の再建を試みた。
義尚は応仁の乱(1467-1477)で荒廃した幕府の威信を回復すべく、近江の六角氏討伐を目的とした親征を実行した(長享・延徳の乱)。将軍自ら軍陣に臨むという異例の行動は、武家社会に大きな衝撃を与えた。義尚は近江・鈎(まがり)に本陣を置き、数年にわたる陣中生活を送ったが、1489年に陣中で病死した。享年25歳という若すぎる死は、室町幕府の権威回復の夢を断ち切る結果となった。
義尚は剣術にも熱心であり、当時著名な剣客や武芸者を召し抱えて武道を奨励したと伝わる。その統治下で刀剣鑑定・鑑賞の文化が一層発展し、関東・畿内の著名な刀工が庇護を受けた。義尚の短い治世は政治的には志半ばに終わったが、室町後期の武家文化・刀剣文化の醸成において重要な役割を果たした将軍として評価されている。
所持した刀剣
- 将軍家伝来の御物刀・義尚佩刀
- 近江陣中に持参した実戦太刀