※画像はイメージです。備前伝新々刀
横山祐永
Yokoyama Sukenaga
解説
横山祐永(よこやますけなが)は、江戸時代後期の天保年間から明治時代にかけて備前国長船(現・岡山県瀬戸内市長船町)で活躍した刀工である。備前伝を近世に継承した新々刀期の名門・横山派に属し、同派の中でも最も高い評価を得た刀工の一人とされる。
系統・流派
横山派は備前長船の伝統を近世に受け継いだ一門で、祐永は横山祐平の子として生まれ、家督を継承したと伝わる。銘に「友成五十六代孫」を切ることを許され、備前長船の開祖友成以来の系譜を継ぐ者としての格式を示した。茎に菊花紋を切ることも許可されており、一門の中でも重んじられる存在であった。
作風
互の目丁子(ぐのめちょうじ)を基調とした華やかな刃文を得意とし、殊に小模様の丁子が連続する「菊花丁子」と称される作風は、横山一門の中でも祐永の作を代表する特徴とされる。地鉄は板目がよく詰み、刃縁の明るく冴えた出来映えは、新々刀期の備前伝再興を象徴する。
代表作・現存作
天保年間(1830年代)から嘉永・安政期にかけての紀年銘を持つ刀・脇差が現存し、倉敷刀剣美術館をはじめ複数の刀剣専門店・美術館で確認できる。
評価
祐永は横山一門の中でも新々刀期を代表する声価の高い刀工と評され、備前伝が幕末に至るまで命脈を保った証左として位置づけられている。