※画像はイメージです。備前伝新々刀新刀上々作
運寿是一
Unju Korekazu
解説
運寿是一(うんじゅこれかず)は、江戸時代後期から明治初年にかけて江戸で活動した刀工で、石堂派の七代是一を襲名した名工である。将軍家御用鍛冶として遇され、新々刀期における備前伝の第一人者と評された。
系統
出羽米沢の出身で、新々刀期を代表する刀工・長運斎綱俊の甥にあたる。江戸に出たのち六代石堂是一の養子となり、石堂派の家督を継いで七代是一を名乗った。石堂派は江戸前期の武蔵大掾是一を祖とし、応仁の乱以降に衰退した備前伝を新刀期に復興させた一門であり、運寿是一はその家系の技術を新々刀期に受け継いだ。
神刀鍛造と葵紋
天保十二年(1841年)、幕府より伊勢神宮および日光東照宮に奉納する神刀の鍛造を命じられた。この栄誉により、徳川家の葵紋を茎に切ることを許されている。銘には「石堂運寿是一精鍛之」などが見られ、嘉永年間から慶応年間にかけての作が現存する。
作風
石堂派の本領である備前伝の丁字乱れを得意とし、匂口の明るい華やかな刃文を焼く。足・葉がよく入り、変化に富んだ丁字の連なりは、古刀備前の華やかさを新々刀の冴えた鍛えで再現しようとするものである。地鉄はよく詰んだ小板目で、姿は新々刀期らしい浅い反りと伸びた切先を備える。
評価
新々刀上々作に位置づけられ、重要刀剣に指定された作も伝わる。作品は文化遺産オンライン等にも登録され、石堂派備前伝の到達点を示す刀工として、水心子正秀・大慶直胤・源清麿らと並ぶ幕末江戸の主要刀工の一人に数えられている。
代表作
- 刀 銘 石堂運寿是一精鍛之(重要刀剣)