大村加卜
Ōmura Kaboku
解説
大村加卜(おおむらかぼく)は、越後国高田藩の藩医でありながら鍛刀も手がけたという異色の経歴を持つ江戸時代の刀工である。
医師としての出自
加卜はもともと医者であり、越後高田藩の松平家に仕えていた。鍛刀は1644年(寛永21年/正保元年)頃から趣味として始めたとされ、下原鍛冶に技術を学んだと伝えられる。
浪人から水戸徳川家侍医へ
1681年(延宝9年/天和元年)、越後騒動により高田藩は改易となり、加卜は浪人となって江戸へ移住した。その後、常陸国水戸藩主・徳川光圀に招かれて水戸へ移り、侍医および御伽衆として仕えることとなった。1685年(貞享2年)には光圀の命により2振を作刀し、その白鞘には試し斬りを6回行った記録が残されている。
作刀活動と技法
生涯で100振余りを作刀したとされ、その内容は自著『剣刀秘宝』に記録されている。作風は相州伝と備前伝の技法を融合させたものであり、「真之十五枚甲伏作」という独自の鍛法を用いたことで知られる。
評価
本業が医業であったにもかかわらず、その作刀は余技とは思えないほど高い品質を誇り、生前から人気を博して多くの偽物が出回るほどであった。現存する「刀 銘 越後幕下士大村加卜安秀」は重要刀剣に指定されている。