※画像はイメージです。伯耆守正幸
Hōki no Kami Masayuki
解説
伯耆守正幸(ほうきのかみまさゆき)は、江戸時代後期の新々刀期に薩摩国(現在の鹿児島県)で活動した刀工である。本姓を伊地知といい、薩摩藩主・島津家のお抱え鍛冶として作刀した。同時代の奥元平とともに「薩摩新々刀の二本柱」と称され、衰えていた薩摩刀の声価を再び高めた立役者として知られる。
系統
正幸は伊地知正良(二代)の子として生まれ、薩摩の刀鍛冶の家系を継いだ。薩摩藩では波平派をはじめとする鍛冶集団が古くから続いていたが、正幸と奥元平の登場によって、新々刀期の薩摩は全国的な注目を集める産地となった。寛政元年(1789年)十二月、奥元平が大和守を受領したのと同じ機会に、正幸は伯耆守を受領している。以後の作には「薩摩国伯耆守朝臣正幸」などの銘が切られた。
作風
作風は相州伝の影響を強く受け、身幅が広く重ねも厚い豪壮な体配を示す。反りは浅めで切先が伸びるものが多く、実戦を強く意識した頑健な姿が特徴である。刃文は湾れに互の目を交え、沸が深く付いて荒沸立ち、刃中には砂流し・金筋が働く。地鉄はよく詰んだ板目に地沸が厚く付き、力感のある景色を見せる。
いわゆる薩摩拵に納められた実用刀としての性格が濃く、示現流をはじめとする薩摩の武芸文化と結びついた剛直な作風は、幕末期の武士に広く好まれた。
評価
享和・文化・文政期を通じて旺盛に作刀し、幕末に至るまで薩摩刀の名声を支えた。現存作は特別保存刀剣をはじめとする審査を経たものが多く伝わり、新々刀期を代表する地方名工の一人として位置づけられている。奥元平と並び称される存在として、薩摩伝を語るうえで欠かせない刀工である。
代表作
- 刀 銘 薩摩国伯耆守朝臣正幸(特別保存刀剣)