※画像はイメージです。その他古刀
同田貫清国
Dotanuki Kiyokuni
解説
系統・流派
同田貫派は肥後国玉名郡同田貫(現・熊本県玉名市)を本拠とした刀工集団で、山城伝延寿派の流れを汲むと伝えられる。清国は、同派を代表する存在となった正国とともに、天正15年(1587)に肥後へ入部した加藤清正に見出された刀工の一人である。
経歴
清国は加藤清正の主命により、清正の名から「清」の一字を賜って「同田貫清国」と名乗ったと伝わる。玉名郡内蔵(現・玉名市内蔵)で鍛刀したとされ、作刀数は少なく、後年は刀工の家業を離れたと伝えられる。清正没後、同田貫派は庇護者を失って一時衰微し、本格的な再興は昭和期を待つこととなった。
評価
同田貫派は、装飾性よりも「折れず曲がらず」の実用本位の剛健な作風で知られ、加藤家中の武士から徒士に至るまで広く用いられた。清国は、同派の中心的存在となった正国と並び、加藤清正が育てた肥後の実戦刀工群の一人として位置づけられている。