※画像はイメージです。金銀鈿荘唐大刀
Kingin Denso no Karatachi
別名: 金銀鈿荘唐大刀・正倉院宝物・国家珍宝帳記載の飾大刀
解説
正倉院に伝わる唐大刀
金銀鈿荘唐大刀(きんぎんでんそうのからたち)は、奈良県奈良市の正倉院に伝わる奈良時代の飾大刀。756年(天平勝宝8歳)、光明皇后が夫・聖武天皇の遺愛品を東大寺盧舎那仏に献納した記録「国家珍宝帳」に記載される大刀44口・唐大刀13口のうちの一つで、目録では4番目に記される。
造り
刀身は切刃造の鋒両刃造で、片刃ながら鋒だけが両刃となる特異な形状を持つ。反りはわずかで、刃文は直刃。柄は鮫皮巻きで唐草文の透かし彫り金具を配し、鞘は黒漆塗りの上に銀台鍍金の装飾を施す。鞘の文様表現には「末金鏤」と呼ばれる技法が用いられ、漆で花・雲・走獣の文様を描いた上に金粉を蒔き、さらに漆を重ねて研ぎ出す。この技法は後世の蒔絵の源流の一つとされる。鞘の背には三日月形の帯執二個を配し、長短の紐を通して斜めに佩用する形式を取る。
現存する希少な一口
国家珍宝帳には約100口の大刀が記載されるが、天平宝字8年(764年)9月11日の出蔵記録により、その多くが正倉院から持ち出されたことがわかっている。現在まで正倉院に伝存する大刀はわずか7口にとどまり、金銀鈿荘唐大刀はその希少な現存例の一つである。
制作地をめぐる議論
本刀の鞘装飾については、明治期の黒川真頼が唐大刀を「刀身が唐製」の意と解し、蒔絵の源流たる末金鏤を日本独自の技法と論じた一方、六角紫水は唐大刀の呼称が刀身の産地のみを指すもので外装まで含まれないとした。近年の研究では正倉院宝物の多くが異国風の意匠を凝らした日本製とされる一方、本刀の鞘の製作地は今なお定説を見ていない。
逸話・伝説
金銀鈿荘唐大刀は、光明皇后が聖武天皇の遺愛品を東大寺盧舎那仏に献納した記録「国家珍宝帳」に記される大刀の一口である。同帳に記された約100口の大刀のうち、天平宝字8年(764年)の出蔵記録以降も正倉院に残ったのはわずか7口とされ、本刀はその希少な現存例として奈良時代の宮廷文化を今に伝える。