※画像はイメージです。五月雨江
Samidare Gō
別名: 五月雨・郷義弘の大傑作・尾張徳川家伝来の名刀
解説
五月雨江(さみだれごう)は、越中国(現・富山県)で活躍した郷義弘(ごうよしひろ)が鍛えたとされる刀であり、重要文化財に指定されている。郷義弘は正宗十哲の筆頭に数えられる相州伝の後継者であり、その作は「郷(ごう)」と呼ばれて天下一の名刀として江戸期以降も珍重されてきた。五月雨江はその中でも特に名の高い名物のひとつで、号は「五月雨(さみだれ)」——初夏の長雨を意味する言葉——から取られており、刃中の働きが五月の長雨のように絶え間なく、豊かで緻密に展開することを評して名付けられたと伝えられる。
五月雨江は黒田長政から徳川秀忠に献上され、のち徳川家光・尾張徳川家へと伝わった。現在は名古屋の徳川美術館(尾張徳川家伝来)がその所蔵・管理を担い、企画展等で折に触れ公開されている。
刀身は郷義弘の典型的な作風を示す。身幅やや広く、反り浅め、切先やや伸びた南北朝様式の造込みで、全体に力強さと気品を兼ね備えた姿をなす。刃文は郷義弘特有の激しい大乱れで、互の目・矢筈(やはず)・尖り刃・湾れなど多様な要素が混然一体となり、沸が強烈に付いて、刃中には稲妻状の金筋・砂流しが縦横に走る。地鉄は板目肌が流れて、地沸が豊かで地景が活発に入る。全体として「江の刀」ならではの荒々しくも神韻縹渺とした美が横溢している。
逸話・伝説
五月雨江には、その名の由来に関する詩的な伝説が伝わる。ある鑑定師がこの刀を初めて手に取った折、刃中の金筋・砂流しが雨垂れのように次々と現れ、いつまでも目を離せなかったという。その様子を見た者が「まるで五月雨の夜に川面を見るようだ」と評し、この言葉がそのまま刀の号になったとも伝えられる。 前田家への伝来にまつわる逸話では、ある代の前田家当主がこの刀を抜き放ち、夜の庭で月明かりに透かして鑑賞した際、刃中から微かな音のようなものが聞こえ、当主は「刀が雨の音を記憶している」と述べたという。以来前田家では五月雨江を「雨を呼ぶ刀」として、旱魃の年には神棚に供えて雨乞いの祈願を行う慣わしがあったとも伝えられる。郷義弘の刀は正宗の刀と並んで「霊威ある刀」の代名詞とされており、五月雨江もまた自然の力を呼び起こす霊剣として語り継がれてきた。