※画像はイメージです。その他の名刀短刀重要文化財
長束藤四郎
Natsuka Tōshirō
別名: 岩切長束藤四郎(享保名物帳所載)
解説
吉光の名物
長束藤四郎は、鎌倉時代の刀工・粟田口吉光(藤四郎吉光)が鍛えた短刀で、正式には「短刀 銘 吉光(名物 岩切長束藤四郎)」と呼ばれる。享保名物帳にも所載される名物の一つであり、吉光の短刀の中でも古くから高く評価されてきた一口である。
長束正家の所持
豊臣秀吉の五奉行の一人であった長束正家が所持したことから「長束藤四郎」の名で呼ばれる。関ヶ原の戦い後に正家が没すると、刀は福島正則の手に渡り、その後は豊前中津藩の奥平家に伝えられた。刀身には慶安元年(1648年)、本阿弥光温による折紙が付属する。
指定と現在
重要文化財に指定されており、現在は東京国立博物館の所蔵となっている。
逸話・伝説
「岩切」の号は、かつての所持者が荒天の航海中、船を岩場に繋ぎとめるためにこの短刀を岩に突き立てて纜(ともづな)を結んだという逸話に由来すると伝えられる。美術刀剣として珍重される吉光の短刀の中にあって、荒々しい逸話をその名に残す異色の一口として知られる。