※画像はイメージです。岩切
Iwakiri
別名: 岩切の太刀
解説
岩切(いわきり)は、その鋭利さが岩をも断ち切るとの伝説をもつ平安時代後期の古い太刀と伝わる。「岩切」という名は、この太刀の鋭利さが岩をも断ち切るほどであるとの伝説に由来し、古来から神剣としての絶大な霊威を誇る名刀として崇敬されてきた。厳島神社は世界遺産にも登録されている日本を代表する神社の一つであり、海上に浮かぶ大鳥居で知られるその神域には、平安時代以来の貴重な文化財が数多く伝来している。
平清盛(たいらのきよもり)が篤く崇敬し、平家一門が盛んに奉納した厳島神社には、平安末期から鎌倉初期にかけての優れた太刀が複数伝わっている。号「岩切」をもつ古備前様式の太刀と伝わるが、岩切がこの厳島神社に伝来したとする確証は乏しい。
刀身は平安後期の典型的な優美な太刀姿を示す。腰反りが深く細身で、古備前特有の清澄な地鉄と精緻な小丁子乱れ(こちょうじみだれ)が渾然一体となった美しい刀身である。匂い出来(においでき)の上品な刃文は柔らかく輝き、刃縁に細かく均一な沸(にえ)が付いて深みある地肌と相まって類稀な美を誇る。茎(なかご)は平安期の古様を保っており、正恒様式の銘(めい)の研究においても重要な資料とされる。
現在の指定・所蔵についての確実な記録は乏しい。
逸話・伝説
岩切という名をめぐる最も著名な伝説は、源平合戦(1180〜1185年)の時代に遡る。伝説によれば、厳島神社の神宝として奉祀されていたこの太刀が、ある武将の手に渡った際、その武将は敵陣の岩盤に打ち込まれた鉄鎖を断ち切るためにこの刀を試みた。常人の刀では傷もつかない分厚い鉄鎖も、岩切の一振りによって鮮やかに断ち切られ、その切れ味に「岩をも切る」と大いに喧伝されたのがこの名の由来だという。ただしその後、武将はこの刀が神の御物であったことに畏れをなし、直ちに厳島神社へ返納したとも伝えられる。 平清盛にまつわる伝承も存在する。清盛が厳島神社を参詣した際、この太刀が御神前に光り輝いているのを見て「これは神の刀なり、人の手に余る」と述べ、厚く奉納品を加えて拝礼したという。清盛の厳島への篤信と平家滅亡の悲劇は後世に広く知られており、岩切はその平家盛衰の歴史的ドラマとも結びついて語られてきた。 また厳島の神——市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)——は水の神、美の神として崇められており、岩切はその女神の神霊を宿す「神の剣」として、単なる武器を超えた聖なる存在と信じられてきた。海上の神域に鎮まるこの太刀には、海を支配する神の力と、岩をも断つ刀の霊威が重なって宿ると古来より信じられている。