※画像はイメージです。その他の名刀太刀国宝
綾小路定利
Ayanokoji Sadatoshi
別名: 太刀 銘 定利・綾小路定利・山城綾小路派の祖
解説
綾小路定利とは
定利(さだとし)は鎌倉時代の山城国の刀工で、京の綾小路に居を構えたことから「綾小路定利」と呼ばれる。文永年間(1264〜1275年)頃に活躍したと伝えられるが、その作風はより古い鎌倉時代前期の特徴を示しており、活動時期については古来議論がある。綾小路派は鎌倉時代前期から中期にかけて山城で栄えた一派で、優美な太刀姿と精緻な地鉄を身上とする。
国宝「太刀 銘 定利」
東京国立博物館が所蔵する太刀 銘 定利は、刃長78.8センチメートル、反り3.0センチメートルを測る。1951年(昭和26年)6月9日に国宝に指定された。定利の代表作であり、綾小路派の作域を伝える基準作として重んじられている。
作風
鎬造り・庵棟の造り込みで、腰反りが高く踏ん張りの強い、鎌倉時代前期の太刀姿をよく示す。地鉄は小板目が詰み、細かな地沸がつく。刃文は匂口の深い小沸出来の小乱れに丁子を交え、しきりに沸がつく。粟田口派や来派といった同時代の山城物と並び、京物特有の精緻さと気品を備える。
山城伝における位置づけ
山城伝は粟田口・来・綾小路・三条といった諸派が競った刀剣の一大中心地であり、綾小路派はそのなかでも古様を残す一派として知られる。定利の作は現存数が限られるため、国宝指定の本作は山城伝研究における貴重な資料でもある。
逸話・伝説
綾小路という号は、定利が京の綾小路に鍛冶場を構えたことに由来する。文永年間の刀工と伝えられながら、その作風は一時代さかのぼる鎌倉前期の姿を示すため、定利を一人の刀工とみるか、同銘の複数代とみるかは古くから鑑定家の議論の的となってきた。