※画像はイメージです。重要無形文化財保持者(人間国宝)刀匠
Living National Treasure Swordsmiths
重要無形文化財保持者(通称・人間国宝)は、1950年制定の文化財保護法が1954年に改正されたことで生まれた国の指定制度で、最初の指定は1955年2月15日に行われた。作刀の分野でこの指定を受けた刀匠は歴代を通じてごく少数にとどまる。長野県出身の宮入行平(宮入昭平)は早い時期にこの指定を受けた刀匠のひとりであり、天田昭次は1997年(平成9年)に指定を受け、伊勢神宮の式年遷宮における御神宝太刀の制作に4度(うち1度は補佐、3度は主任刀匠として)携わった。
解説
制度の成立
重要無形文化財保持者制度、通称「人間国宝」は、1950年(昭和25年)制定の文化財保護法を出発点とする。制定当初の同法は、無形文化財のうち「放置すれば衰亡のおそれがあるもの」を選定するにとどまる消極的な保護策だった。1954年(昭和29年)の法改正により、衰亡のおそれの有無にかかわらず価値そのものに基づいて「重要無形文化財」を指定する制度へと改められ、最初の指定・認定は1955年2月15日に行われた。「人間国宝」は法律用語ではなく、新聞記者が「生きた国宝」の意で呼んだことが定着した通称である。
作刀分野の希少性
重要無形文化財の指定は、工芸技術のさまざまな分野で行われるが、作刀(刀剣制作)の分野で個人認定を受けた刀匠は、制度発足以来ごく少数にとどまる。
宮入行平の指定
長野県出身の宮入行平(本名・宮入昭平)は、早い時期に作刀分野で重要無形文化財保持者の指定を受けた刀匠のひとりである。
天田昭次と伊勢神宮式年遷宮
新潟県出身の天田昭次(1927〜2013年)は、1997年(平成9年)に重要無形文化財保持者に指定された。天田は伊勢神宮の式年遷宮で奉納される御神宝太刀の制作に生涯で4度携わり、うち1度は補佐として、3度は主任刀匠として関わった。天田は2013年6月に死去し、次の式年遷宮を数か月後に控えていた。
制度の意義
人間国宝の指定は、無鑑査刀匠制度が民間団体である日本美術刀剣保存協会の展覧会実績に基づく顕彰であるのに対し、文化財保護法という国の法制度に基づく認定である点で性格を異にする。両制度は、明治期の帝室技芸員制度が廃止された後、現代における作刀技術の国家的・社会的な顕彰を担う枠組みとして併存している。
この時代の刀の特徴
- 1950年制定・1954年改正の文化財保護法に基づく国の指定制度で、最初の指定は1955年2月15日
- 「人間国宝」は法律用語ではなく新聞記者による通称が定着したもの
- 作刀分野で個人認定を受けた刀匠は制度発足以来ごく少数
- 宮入行平(宮入昭平、長野県出身)は早い時期に指定を受けた刀匠のひとり
- 天田昭次(新潟県出身、1927-2013)は1997年に指定を受け、伊勢神宮式年遷宮の御神宝太刀制作に4度携わった
- 無鑑査刀匠制度が民間団体の展覧会実績に基づくのに対し、人間国宝は文化財保護法に基づく国の認定である点で性格が異なる