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※画像はイメージです。日本刀の茎(なかご)は通常、柄(つか)の中に隠れており、鑑賞時には見えない部分です。しかしこの茎こそが刀の「素性を証明する最重要部位」であり、銘(めい)・年紀(ねんき)・試切銘(ためしきりめい)とともに、茎の表面に施された鑢目(やすりめ)が鑑定の決め手となります。
鑢目は茎の整形後、鑢(やすり)という金工具で茎の表面を削って仕上げる際に残る引っかき傷のパターンです。これは機能的には腐食防止と柄への密着性向上を目的とするものですが、各流派・各時代がほぼ固定したパターンを採用するため、「どの鑢目か」が流派や時代の鑑定指標として機能するのです。
切鑢(きりやすり):茎の長軸に対してほぼ直角(90度)に横線が入る鑢目で、最も基本的な形式です。備前伝や山城伝の古刀に多く見られます。横線が完全に直角に揃っているか、やや斜めかで細分類されます。
筋違鑢(すじかいやすり):茎の長軸に対して斜めに線が入る鑢目で、鑑定用語として広く用いられています。大和伝の刀工が用いたことが多く、古刀期の大和物の鑑定指標となります。
勝手下がり(かってさがり):刃側(茎の左側面から見て)に向かって斜め下方に鑢線が走るパターンです。江戸時代以降の新刀・新々刀に多く見られ、特に江戸の刀工に広く採用された基本形式となります。
逆勝手(ぎゃくかって):勝手下がりの逆方向――茎の棟側に向かって斜め下方に走る鑢目です。特定の流派が採用したことで鑑定指標となる場合があります。
大筋違(おおすじちがい):斜め線が大きな角度(45度以上)で刻まれた鑢目で、視覚的に目立つ大きなクロスハッチ状になることもあります。
化粧鑢(けしょうやすり):茎の表面を美しく見せるために細かく規則正しく鑢目を入れた装飾的な仕上げです。江戸後期以降の名工が自らの技術力を誇示するために施すことが多くあります。
上記の鑢目は、以下のように整理して比較すると特徴をつかみやすくなります。
| 鑢目 | 線の方向の特徴 | 傾向として見られる時代・流派 |
|---|---|---|
| 切鑢 | 長軸にほぼ直角 | 古刀期の備前伝・山城伝 |
| 筋違鑢 | 長軸に対して斜め | 古刀期の大和伝 |
| 勝手下がり | 刃側へ斜め下方 | 新刀期以降、江戸の刀工 |
| 逆勝手 | 棟側へ斜め下方 | 特定の流派 |
| 大筋違 | 45度以上の大きな斜め | 視覚的に目立つ意匠 |
| 化粧鑢 | 細かく規則正しい装飾 | 江戸後期以降の名工 |
いずれの鑢目も、単独の特徴だけで時代や流派を断定できるものではなく、銘や地肌・刃文など他の要素と合わせて総合的に判断されます。
鑢目のパターンは時代とともに変化しており、時代鑑定の補助指標として活用されます。
古刀期(〜1596年頃):切鑢が基本。備前・山城の大工(たいこう)は比較的細かい切鑢を使用し、大和伝は筋違鑢を多用しています。茎が短く腐食している場合も多く、鑢目の判読が難しいケースが見られます。
新刀期(1596〜1764年頃):勝手下がりが主流化します。江戸の刀工は比較的均一な勝手下がりを採用し、大坂の刀工は仕上げの細かさが際立つことが多くあります。
新々刀期(1764〜1876年頃):化粧鑢が増加し、茎の表面の仕上げ精度が高まる傾向が見られます。水心子正秀(すいしんしまさひで)や源清麿(みなもとのきよまろ)のような新々刀を代表する刀工は、茎の仕上げも作品の一部として丁寧に仕上げています。
鑢目は偽銘(にせめい)や改ざんの検出にも有効な指標です。江戸・明治期に古刀の価値が急騰した際、茎の銘を削って別の銘を切る「磨り上げ銘(すりあげめい)」や、無銘の刀に銘を新たに切る行為が横行しました。
このような改ざんは以下の点で鑢目に矛盾をきたすことが多いです:
公益財団法人日本美術刀剣保存協会(NBTHK)の審査では、鑢目の確認が鑑定フローの必須項目となっており、疑義がある場合は茎の斜光撮影(しゃこうさつえい)や顕微鏡観察が行われます。
なお、制作された当初のまま茎が一切削られていない状態は「生ぶ茎(うぶなかご)」と呼ばれ、鑢目や銘が製作時のまま保たれているため史料的価値が高いとされます。これに対し「磨り上げ」を経た茎は、元の鑢目の一部や銘が失われていることがあり、鑑定書にその旨が記載されるのが通例です。
茎は柄の中に収められているため、鑢目を直接見るには柄を外す必要があります。しかし茎の抜き差しは目釘(めくぎ)や茎そのものを傷つける危険を伴うため、専門的な技術を持たない場合は安易に行うべきではありません。
また、茎の表面に生じた経年の錆(さび)は、その刀が経てきた年月を物語る重要な証拠であり、鑢目を読み取る手がかりにもなります。誤って拭き取ったり研磨したりすると、鑢目の判読が難しくなるだけでなく、鑑定上の価値そのものを損なう恐れがあるため、清掃や手入れは行わないのが原則です。購入を検討する際に鑢目の状態が気になる場合は、実物を自分で扱うよりも、NBTHKの鑑定書に記載された記述や、販売店が提示する茎の拡大写真で確認する方法が安全です。
現代の刀工は作刀する際、どの鑢目を採用するかを自ら決定します。師匠の流派の慣習に従う場合が多いですが、独自の鑢目パターンを確立している刀工もいます。
鑢目はまた、刀工自身の「サイン」としても機能します。長年にわたって一定のパターンを採用し続けることで、その刀工の鑢目パターンが鑑定における個人識別指標となるのです。現代では少数ですが、弟子の鑢目が師匠と微妙に異なることで系譜の判定に使われるケースもあります。
刀剣を購入する際、茎が生ぶ茎か磨り上げかという点は、その刀の由来や価値を理解するうえで参考になる情報の一つです。鑢目の状態や茎の仕立てについて気になる点があれば、NBTHKの鑑定書の記載内容を確認したり、販売店に問い合わせたりすることで理解を深めることができます。
日本刀の鑑定において鑢目は、銘・地肌・刃文と並ぶ「総合的判定の四要素」の一つであり、見えない部分に隠れた職人の暗号として今日も刀剣研究の重要な手がかりとなり続けています。