新着情報 — 最新の入荷情報はカタログをご確認ください。 商品を見る →
※画像はイメージです。古刀(こと)とは、慶長以前(1596年以前)に製作された日本刀を指す。とりわけ平安末期から鎌倉・南北朝時代にかけての太刀は、日本刀史上における最高峰の技術的到達点として現在もなお高く評価されている。
この時代の刀工たちが生み出した山城伝・大和伝・備前伝・相州伝・美濃伝の五大伝は、それぞれ独自の鍛法と焼刃技法を確立し、後世の刀工たちに多大な影響を与えてきた。山城伝を極めた来派の名工については来国光——山城来派の至宝でも紹介している。本稿では、古刀期の代表的な太刀製作工程を順を追って解説する。
太刀製作の第一歩は、砂鉄を原料として製錬された玉鋼(たまはがね)の選別から始まる。たたら製鉄によって得られた玉鋼は、含有する炭素量によって性質が大きく異なる。刀工は経験と直感を頼りに、高炭素鋼(皮鉄用)と低炭素鋼(芯鉄用)を見極め、それぞれの用途に応じた素材を選び出す。玉鋼がどのように作られるかは玉鋼とたたら製鉄で詳述している。
選別された玉鋼は小割りにされた後、平らな鉄板(ぼうしん)の上に積み上げられ、和紙と藁灰で覆われる。この状態で加熱し、鋼を一体化させる「積み沸かし(つみわかし)」の工程が最初の鍛錬工程となる。
積み沸かしで得られた鋼塊は、高温に熱した状態で何度も折り返しながら槌で打ち延ばす「折り返し鍛錬」によって精製される。この工程により、鋼中の不純物(スラグ)が排出され、炭素量が均一化されるとともに、鋼の組織が緻密になる。
古刀期の代表的な鍛え方には以下のものがある。
折り返しの回数は一般に10〜15回程度とされるが、回数が多すぎると炭素が抜けすぎて刀が弱くなるため、加減が重要である。
古刀期の太刀における最も重要な技術的特徴のひとつが「造り込み(つくりこみ)」である。硬い高炭素鋼(皮鉄)と柔らかい低炭素鋼(芯鉄)を組み合わせることで、刀身に「硬さと粘り」を両立させる構造が実現される。
代表的な造り込みの種類:
この造り込みの工程において、刀工の技量と判断力が最も問われる。材料の組み合わせが完成品の性能を大きく左右するからである。
造り込みが完成したら、加熱しながら槌で打ち延ばす「素延べ(すのべ)」の工程に入る。刀身の全体的な形状——長さ・反り・幅・厚みが、この工程で決定される。
古刀期の太刀は一般に「腰反り(こしぞり)」と呼ばれる、元から中程にかけて大きく反ったシルエットが特徴であるが、時代や流派によって反りのカーブは微妙に異なる。刀工は炎の色と鋼の状態を見ながら、ひとつひとつの槌の一打で刀身の形を整えていく。
この段階で鎬(しのぎ)・棟(むね)・地肌・刃区(はまち)なども成形され、刀の基本的な形状が確定する。
古刀期の製作工程において、現代の鑑定家や愛好家が最も注目するのが「焼入れ(やきいれ)」の工程である。この工程によって刀の表面に形成される「刃文(はもん)」は、各流派の個性を最も鮮明に示す要素となっている。
焼入れに先立ち、刀工は刀身全体に耐火性の土(焼刃土・やきばつち)を塗布する「土置き(つちおき)」を行う。刃の部分には薄く土を塗り、地の部分には厚く盛ることで、焼入れ時の温度差を意図的に作り出す。
各流派の刃文の特徴:
土置き後、刀は800〜900℃程度まで加熱され、水中に素早く差し込まれる。この急冷によって刃部のみが硬化し、地部は靭性を保ちながら焼きが入る。この一瞬の工程が失敗すれば刀は折れ、やり直しは不可能である。焼入れの熱処理理論については焼き入れ(水焼き・油焼き)の科学でさらに詳しく扱っている。
焼入れが完了した刀身は、研師(とぎし)によって研磨工程に送られる。古刀期においても、刀工と研師は分業するのが一般的であった。
研磨は「下地研ぎ」から「仕上げ研ぎ」まで複数段階の砥石を使い分け、最終的に「鏡面仕上げ」と呼べるほどの輝きを刀身に与える。古刀期の研磨技術は現代でも高く評価されており、当時の研師が使用した「中名倉砥(なかなぐらと)」や「内曇砥(うちぐもりと)」は、現在も最高級の研磨砥石として珍重されている。
研磨が終わった刀身には、銘(めい)が切られる。古刀期の銘は磁石で刃の向きを確認しながら切られており、現代の専門家が真贋鑑定の際に銘の位置と書体を重視するのはこのためである。
最後に「拵え(こしらえ)」——柄・鍔・切羽・目貫などの金具類と鞘が製作され、太刀として完成する。古刀期の太刀拵えは「太刀拵え(たちごしらえ)」と呼ばれ、刃を下にして腰に吊るす「佩刀(はいとう)」のスタイルで用いられた。
古刀期の太刀製作は、現代においてもその精神と技法が現代刀匠たちに受け継がれており、日本刀の本質的な美しさと機能美が凝縮された時代の産物として、世界中の愛好家から敬愛されている。