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※画像はイメージです。重要美術品という言葉は、現在の文化財保護法にもとづく「重要文化財」とは別の制度を指すものとして、古い鑑定書や古美術の文献で見かけることがあります。ここでは、戦前に作られた重要美術品の認定制度がどのような目的で生まれ、1950年の文化財保護法の施行によってどう扱いが変わったのかを、文化庁の資料をもとに整理します。制度の名称や年号を正しく押さえておくと、古い記録を読むときの誤解を減らせます。
「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」は、昭和8年(1933年)4月1日に公布・施行されました。文化庁の資料によると、制定の背景には貴重な美術品が海外へ流出していたことがあり、その輸出や移出を防ぐことが目的でした。国の法律にもとづいて美術品を「重要美術品」に認定し、保存を図る仕組みが作られたわけです。
認定の基準は国宝級に置かれ、国宝の資格を持ちながらまだ国宝になっていない「準国宝」が標準とされました。ただし実際の認定では、輸出や移出のおそれがない物件も含まれたとされています。輸出を止めるための緊急の措置として認定が進められたため、価値がまだ十分に定まっていないものも多く含まれていたと、文化庁は整理しています。
認定は昭和24年(1949年)まで行われました。文化庁の資料では、認定件数は美術工芸品が7,898件、建造物が299件、合計8,197件です。件数の大半が美術工芸品だったことから、旧法は工芸品を含む美術品の保存を中心に運用されたと読み取れます。
ただし、この件数の内訳に刀剣が何件含まれていたかは、資料からは分かりません。戦前の認定を個別の作品で確かめたい場合は、作品ごとの来歴や所蔵館の記録を当たる必要があります。件数だけを見て「刀剣が多く認定された」と判断するのは、根拠が足りない読み方です。
昭和25年(1950年)5月30日に文化財保護法が公布され、同年8月29日に施行されました。これに伴って旧法は廃止されました。ただし附則では、既に認定された物件については「当分の間、なおその効力を有する」と定められ、旧法の認定が直ちに効力を失ったわけではありません。
文化庁は、重要美術品等の認定物件を分類した目録などを作成し、見直しと調査を進めてきました。可能な物件については、認定を取り消したうえで重要文化財へ格上げする指定が推進されてきました。旧法の「国宝」は、現行の文化財保護法のもとで重要文化財とみなされる扱いになりました。
古い刀剣の資料で「重要」の語を見かけたら、まず、それが戦前の旧法による重要美術品なのか、民間の審査による判定なのか、現行の重要文化財の指定なのかを区別することが大切です。同じ「重要」でも、根拠となる制度が違えば意味も扱いも違います。
現在、刀剣の価値を示す仕組みとして広く知られているのは、日本美術刀剣保存協会による鑑定・審査です。これは文化庁の認定制度とは別の民間の仕組みです。審査の区分にも「重要」の語が含まれるため、旧法の重要美術品と混同されやすい点に注意が必要です。
制度の名称が似ていても、認定をした主体、根拠となった法律、効力の範囲はそれぞれ異なります。売買や来歴の説明を読むときは、どの制度の話なのかを明示して確かめるとよいでしょう。
旧法の制度を知っておくと、戦前の美術品の来歴を読むときに、どの時代の制度で「重要」とされたのかを正しく区別できます。
旧法の認定物件は、その後の見直しによって、重要文化財への指定替えや認定の取消など扱いが変わっている場合があります。個別の物件について現在の扱いを知りたいときは、所蔵館の公開情報や文化庁の指定情報を確かめるのが確実です。制度の経緯を押さえたうえで資料を読むと、「重要」の語が指す範囲を取り違えずに済みます。