※画像はイメージです。志苔館
Shinori-tate (Shinori Fort)
志苔館は室町時代(康正年間・15世紀中頃築城)、永正9年〈1512年〉のアイヌ来襲で落城・廃絶に築かれた北海道の名城。城主は小林良景(築城、初代)、小林良定(2代)、小林良治(3代)(Kobayashi Yoshikage (builder, 1st head), Kobayashi Yoshisada (2nd), Kobayashi Yoshiharu (3rd))。
概要
概要
志苔館は、北海道函館市の海岸段丘縁に築かれた中世の城館(道南十二館の一つ)である。渡島半島南部の海岸線に和人領主層が築いた12の館のうち、最も東に位置する。
築城と歴史
康正年間(15世紀中頃)、小林良景によって築かれたと伝わる。長禄元年(1457年)、アイヌの首長コシャマインが蜂起した「コシャマインの戦い」の主戦場の一つとなり、道南十二館の多くが陥落する中で志苔館も落城したが、その後再興された。良景の子・良定の代の永正9年(1512年)、再びアイヌの侵攻を受けて落城し、以後は廃絶したとみられる。館主の小林氏はのちに松前藩に従属したと推定されている。
構造・遺構
海を見下ろす丘陵上に位置し、四方を土塁と空堀で囲んだほぼ方形(矩形)の縄張りを持つ。土塁は幅5~6間、高さ5~10尺に及び、西側の土塁は二重に築かれる。内部には廃井(古井戸跡)が残る。1968年の発掘調査では、埋納された甕から約38万7千枚に及ぶ中国銭が発見されており、国内で一箇所から出土した古銭としては最大級とされる。
現状・アクセス
国の史跡として保存され、2017年には続日本100名城(101番)に選定された。現在は史跡公園として整備されている。函館バス下海岸線「志海苔」停留所から徒歩約5分。
見どころ
- 渡島半島南部に築かれた「道南十二館」の一つ、最東端の館
- 長禄元年(1457年)のコシャマインの戦いの主戦場の一つ
- 1968年の発掘で約38万7千枚の中国銭が出土、国内最大級の古銭一括出土例
- 国指定史跡、2017年続日本100名城(101番)に選定
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。