※画像はイメージです。伝説の時代(記紀所伝、景行天皇期に比定)生没年不詳(伝説上の人物)
日本武尊(ヤマトタケル)
Yamato Takeru
第十二代景行天皇の皇子——草薙剣を帯びた記紀伝承の英雄
解説
日本武尊とは
日本武尊(ヤマトタケル)は、『古事記』『日本書紀』に伝わる古代日本の伝説的英雄である。第十二代景行天皇の皇子とされ、第十四代仲哀天皇の父にあたる人物として記紀に描かれている。
西征と東征
記紀の伝承によれば、父・景行天皇の命により、まず九州の熊襲(くまそ)征討に赴き、女装して敵将に近づき討ち取ったとされる。西征から都へ戻るとまもなく、今度は東国平定を命じられ、関東から東北にかけての征討に向かったと伝えられる。東征の途上、妻・弟橘媛を失った悲しみから「吾妻はや」と嘆いたことが、東国が「あづま」と呼ばれる由来になったとする伝承も残る。
草薙剣との関わり
東征に出る前、伊勢神宮で叔母の倭姫命から一振りの剣を授けられた。『日本書紀』ではこの剣を「草薙剣」、『古事記』などでは「天叢雲剣」の名でも伝える。駿河国で敵に野原を焼き討ちされた際、この剣で周囲の草を薙ぎ払って難を逃れたという説話から「草薙剣」の名がついたとされ、三種の神器の一つとして今日も尾張の熱田神宮に祀られている。
最期
東征を終えた帰路、近江国伊吹山の神との戦いで病を得た日本武尊は、大和を目前にしながら伊勢国能褒野で没したと記紀は伝える。死後、白鳥となって飛び去ったとする「白鳥伝説」も広く知られる。
後世評価
日本武尊の事績は史実というより記紀編纂時に各地の英雄伝承を統合して形成された物語とする見方が有力だが、草薙剣説話は三種の神器の由来譚として、また武を体現する皇子像として、後世の武家社会や刀剣信仰に大きな影響を与えた。
所持した刀剣
- 草薙剣(天叢雲剣)