※画像はイメージです。安土桃山~江戸時代前期1563-1650
上田宗箇(上田重安)
Ueda Sōko (Ueda Shigeyasu)
武将・茶人・作庭家
解説
生涯
永禄6年(1563年)、尾張に生まれた。幼くして父を失い、丹羽長秀に仕えたのち豊臣秀吉に見出されて越前に所領を得た。関ヶ原の戦い後は浅野家に仕え、紀州藩、のち安芸広島藩へと主家の移封に従った。
主要戦歴
二十歳の頃、織田信澄を討ち取ったことで武名を挙げた。大坂の陣にも参陣し、浅野家臣として戦功を重ねた。
逸話
大坂の陣で敵の来襲を待つ間、陣中で見つけた美しい竹に心を奪われ、小刀で茶杓を削り始めたところ、その姿に敵が不審を抱いて退いたという逸話が伝わる。この時に削られた茶杓は「敵隠れ」の銘で今日に伝わる。
茶道・作庭家としての顔
千利休に茶を学び、利休没後は古田織部と親交を結んで大徳寺から「宗箇」の法諱を授かった。上田宗箇流茶道の流祖となり、広島の縮景園をはじめ各地の作庭にも携わった。
後世評価
武人でありながら一流の茶人・作庭家としても名を残し、「武家茶道」の体現者として今日まで上田宗箇流に受け継がれている。享年88。