※画像はイメージです。江戸時代末期1834-1872
河上彦斎
Kawakami Gensai
幕末四大人斬り・肥後藩の剣客・剣心のモデル
解説
河上彦斎(1834-1872)は、肥後国(現在の熊本県)出身の幕末の剣客であり、「幕末四大人斬り」の一人として知られる。軽やかな体格と速い剣術から「柔の彦斎」とも称され、その人物像は漫画・アニメ「るろうに剣心」の主人公・緋村剣心のモデルの一人とされている。
彦斎は肥後藩(熊本藩)の郷士(在郷武士)の家に生まれ、幼少より剣術を学んだ。剣術は我流に近く(片山伯耆流の居合を学んだとも伝わる)、その軽妙な剣捌きは当時から評判であったとされる。尊皇攘夷運動に深く関与し、1862年に佐幕派の公家である関白鷹司輔熙邸への発砲事件にかかわったとも、1864年に佐幕派の重鎮であった桂小五郎(木戸孝允)の暗殺を企てたとも伝えられるが、その詳細は諸説ある。
幕末の京都における活動において、彦斎は幕府側の要人を複数名斬ったとされ、その中でも1864年の佐久間象山暗殺は歴史的に確認されている最も著名な事件の一つである。佐久間象山は当時の開明的な思想家・兵学者であり、その暗殺は大きな衝撃を与えた。
明治維新後、彦斎は明治新政府の方針に反発し、熊本の旧藩士たちとともに不平士族の立場をとった。1872年、政府に謀叛人として逮捕され、東京で処刑された。享年38歳という若さであった。その生涯は「人を斬ることに苦悩した剣客」として描かれることも多く、「るろうに剣心」における剣心の設定(不殺の誓い)はこのような解釈を反映したものとされる。日本刀の実戦的な使用者として、また幕末史の重要人物として、彦斎は今日も語り継がれている。
所持した刀剣
- 河上彦斎の佩刀(片山伯耆流の打刀)
- 佐久間象山暗殺に用いたとされる刀