江戸時代(幕末)
団野源之進
Danno Gennoshin
直心影流十二代、男谷精一郎・勝海舟を育てた幕末剣術の師
解説
直心影流十二代
団野源之進(義高、号・信般斎)は、新陰流の流れを汲む直心影流剣術の十二代を継いだ剣術家である。直心影流では、江戸中期に長沼四郎左衛門国郷が防具と竹刀を考案し、形稽古中心から直接打ち合う稽古法へと転換したことが、後の剣道の源流の一つとなったことで知られる。
男谷精一郎の育成
文化14年(1817年)、男谷精一郎(信友)は団野源之進の門下に入り、わずか4年で免許皆伝を得たと伝えられる。男谷はのちに講武所の剣術師範となり、「幕末の剣聖」とまで称されるほどの剣客に大成した。
勝海舟との関わり
男谷精一郎の従弟(義理の従兄弟)にあたる勝海舟もまた直心影流を学んだ。勝の父・小吉も同流を学んでいたと伝えられ、団野源之進に連なる直心影流の教えは、勝家にも及んでいた。
後世評価
団野源之進自身の事跡を伝える史料は多くないが、幕末屈指の剣術家として名を馳せた男谷精一郎を育て上げた師として、直心影流剣術史上に重要な位置を占めている。