※画像はイメージです。藤原清人
Fujiwara Kiyondo
解説
藤原清人(ふじわらきよんど)は、幕末から明治にかけて活動した刀工で、本名を斎藤清人という。「四谷正宗」と称された天才刀工・源清麿の高弟であり、師の没後にその作風を継承した第一人者として知られる。
入門と師との関係
文政十二年(1829年)の生まれで、はじめは野鍛冶として身を起こした。嘉永五年(1852年)、江戸四谷に住した源清麿に入門する。清麿が自刃したのはその二年後であり、清人が師のもとで学んだ期間は決して長くない。
しかし清麿の死に際して、門人のなかでただ一人残った清人は、師の畏友であった国学者・斎藤昌麿のもとへ駆けつけて後事の処理にあたった。清麿が生前に受けながら果たせずにいた注文をすべて引き受け、残された工債をほとんど清算し、さらに遺族を扶養したと伝えられる。この義に篤い行いは、刀剣史における逸話として語り継がれている。
作風
師ゆずりの相州伝を本領とし、身幅が広く鋩子の伸びた豪壮な姿に、沸の強い湾れ・互の目乱れを焼く。刃中には金筋・砂流しが盛んに働き、清麿の作風を色濃く受け継ぐ。一方で大和伝保昌派の柾目鍛えを写した作なども残しており、複数の伝法をこなす技量の広さも示している。
受領と後半生
慶応三年(1867年)六月、京へ上って豊前守を受領した。晩年は出羽庄内(現在の山形県鶴岡市周辺)に移り住み、「荘内住豊前守藤原清人」と銘を切った作が知られる。
評価
清麿一門の刀工のなかでも別格の位置を占め、その作は文化遺産オンラインに登録されるほか、東京富士美術館にも所蔵されている。庄内ゆかりの刀工として致道博物館で特別展が催されるなど、地域の顕彰も続いている。
代表作
- 刀 銘 藤原清人(文化遺産オンライン登録)
- 刀 銘 荘内住豊前守藤原清人