直刀 無銘(号 水龍剣)
Chokutō, Unsigned (known as Suiryūken)
別名: 水龍剣・正倉院伝来の直刀・聖武天皇御料とも伝わる・明治天皇の愛刀
解説
正倉院に伝来した奈良時代の直刀
日本刀が反りを持つようになるのは平安時代中期以降で、それ以前の上古刀は反りのない直刀であった。奈良時代の直刀は、正倉院宝物を除けば現存数がきわめて少ない。本作はその数少ない一口で、身が厚く、保存状態も良好な優品として知られる。もとは正倉院に伝来したもので、一説には聖武天皇の御料であったとも伝えられる。
「水龍剣」の号
明治5年(1872年)、この直刀は正倉院から明治天皇のもとへ供された。翌明治6年(1873年)、幕末明治の彫金界を代表する名工・加納夏雄によって、水龍(水中に棲む龍)の文様を配した金具の拵が新たに製作された。号の「水龍剣」はこの拵に由来する。東京国立博物館の指定名称は「直刀 無銘(号水龍剣)附 梨地水龍瑞雲文宝剣」で、附として拵も含めて指定を受けている。
二つの時代が同居する一口
奈良時代の刀身に明治の金工が新たな装いを与えたことで、本作は上古刀の遺品であると同時に、近代金工の代表作でもあるという二重の性格を帯びる。加納夏雄は明治政府の貨幣試作にも関わった彫金の第一人者であり、水龍と瑞雲を彫り出した金具は明治期彫金の到達点を示すものと評価される。明治天皇の愛刀として知られ、現在は東京国立博物館が所蔵、重要文化財に指定されている。
逸話・伝説
正倉院に伝わり、一説に聖武天皇の御料と伝えられる古代の直刀が、千年以上を経て明治天皇の手に渡った。天皇は加納夏雄に命じて水龍文の拵を新調させ、以後この刀は「水龍剣」の号で呼ばれるようになったという。