※画像はイメージです。大太刀 銘 貞治五年丙午千手院長吉
Odachi inscribed Teiji 5th Year, Senjuin Nagayoshi
別名: 千手院長吉の大太刀・貞治五年の大太刀・大山祇神社の国宝大太刀・後村上天皇奉納の大太刀
解説
千手院長吉と大和千手院派
千手院長吉(せんじゅいんながよし)は、南北朝時代に大和国(現在の奈良県)の千手院(興福寺周辺)を本拠とした刀工で、大和千手院派(やまとせんじゅいんは)を代表する名工のひとりである。千手院派は平安末期から室町時代にかけて奈良の僧兵・武家に多くの刀を供給し、大和伝(やまとでん)の特徴である棒樋(ぼうひ)・梵字彫り・大和打ち(やまとうち)の鍛法を特色とした。長吉は南北朝の動乱期に頭角を現した名工で、大太刀・野太刀の分野において卓越した技量を示した。
大山祇神社と武具の宝庫
大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)は愛媛県今治市大三島(おおみしまちょう)に鎮座し、「大山積大明神(おおやまつみのおおかみ)」を祀る全国の山岳・海上守護の総鎮守とされる古社である。武具の神として崇敬を受けてきた同社には、古来より多くの甲冑・刀剣が奉納されており、その数は国宝8点・重要文化財469点を擁し、国指定の武具・刀剣類のうち全国の約8割が集まる「武具の宝庫」として知られる。
本大太刀の概要と来歴
本大太刀は貞治5年(1366年)に鍛えられた大和千手院長吉作の野太刀(のだち)である。刃長135.7センチ・反り4.8センチという巨大な体格を持ち、南北朝期に流行した大太刀(野太刀)スタイルの代表的傑作とされる。後村上天皇(1328〜1368)が大山祇神社へ奉納したと伝えられ、明治44年(1911年)に重要文化財、昭和28年(1953年)3月31日に国宝に指定された。
刀の特徴と作刀技術
刃長135センチを超える長大な刀身を健全に鍛え上げた技術的達成は特筆に値する。地鉄(じがね)は板目(いためはだ)が流れ、大和伝特有の棒樋(ぼうひ)が掻かれている。刃文(はもん)は互の目(ぐのめ)調の小乱れ(こみだれ)を基調とし、南北朝期の豪壮な刀姿と大和伝の堅実な鍛えが調和した名品である。
文化財としての価値
長吉の作例として確実な年紀(貞治五年)が刻まれており、大和千手院派の作風を年代考証する上での基準作(きじゅんさく)としても重要視される。大山祇神社宝物館に収蔵・展示されており、全国から日本刀・武具を愛好する人々が参拝に訪れる。
逸話・伝説
南北朝時代の後村上天皇が戦勝祈願のために大山祇神社へ奉納したと伝わる。戦神・大山積大明神への捧げものとして、武家から皇室まで多くの権力者が同社に名刀を奉納してきた歴史の一齣を物語る。