※画像はイメージです。熊野三所権現長光
Kumano Sansho Gongen Nagamitsu
別名: 熊野三所権現長光・熊野速玉大社奉納の長光・備前長光作の重要文化財太刀
解説
長船長光と備前長船派
長船長光(おさふねながみつ)は、鎌倉時代中期(13世紀後半)に備前国長船(現在の岡山県瀬戸内市長船町)で活動した名工である。長船派の事実上の祖とされる光忠(みつただ)の子であり、父の作風を継承しながらさらに発展させ、太刀・短刀・薙刀など多様な作域で多くの傑作を残した。長光の作品は国宝・重要文化財に指定されるものが多数存在し、「長光」銘の太刀は刀剣史上もっとも信頼のおける備前鎌倉刀の規範として高く評価されてきた。
熊野三所権現長光の概要
熊野三所権現長光は、熊野三山のひとつ熊野速玉大社(新宮大社、和歌山県新宮市)に奉納されたと伝わる太刀で、国宝に指定されている。「熊野三所権現」とは、熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の三社の祭神(家津美御子大神・速玉大神・牟須美大神)を総称したもので、当初は熊野の御神刀として同社に伝えられたが、戦国時代に熊野水軍を率いた九鬼氏の手に渡り、以後は神社の所蔵を離れて武家・大名家を転々とすることとなった。
熊野信仰と神刀奉納
熊野三山(本宮・速玉・那智)は、古来「蟻の熊野詣」と称されるほど多くの参詣者を集めた神仏習合の霊場で、皇族・摂関家から武家・庶民に至るまで広く崇敬を受けた。特に後白河法皇や後鳥羽上皇など歴代天皇の御幸が多く、武家もこの地に名刀を奉納する慣わしがあった。本太刀もそうした奉納刀の一つとして熊野速玉大社に伝えられたと考えられている。
刀の特徴
長光の太刀らしく、刀身には丁子乱れ(ちょうじみだれ)を基調とする華やかで変化に富む刃文が展開する。地鉄(じがね)は小板目肌(こいためはだ)が精細に詰み、備前物特有の乱れ映り(みだれうつり)が鮮明に立つ。長光特有の明るく冴えた匂口(においぐち)と、沸(にえ)・匂(におい)の均整のとれた働きが、鎌倉備前の美の粋を今日に伝えている。
保存と文化財指定
熊野の地を離れた後、本太刀は九鬼氏の手を経て織田信長に、次いで豊臣秀吉の所蔵となり、秀吉から上杉景勝に与えられた。関ヶ原の戦い後、上杉家から徳川将軍家へ献上され、享保2年(1717年)には福知山藩主・朽木稙元へ下賜されて以後朽木家に伝来した。明治以降は細川家や刀剣研究家・佐藤寒山らの手を経て、現在は個人(法人)の所蔵となっている。1931年に旧国宝保存法に基づき指定され、1952年(昭和27年)11月22日に文化財保護法上の国宝として改めて指定された。神社の手を離れて長い伝来を重ねながらも、備前長光の代表作として、また熊野信仰と武家社会の関わりを物語る一口として、高く評価されている。
逸話・伝説
熊野三所権現(熊野本宮・速玉・那智の三社の祭神)に捧げられた神剣として伝わる。熊野は古来「蟻の熊野詣」と称されるほど多くの参詣者が訪れた聖地であり、武家もこの地に名刀を奉納する慣わしがあった。