※画像はイメージです。燕子花
Kakitsubata
別名: 燕子花の太刀
解説
燕子花(かきつばた)は、平安時代後期の古備前様式と伝わる太刀である。名称は初夏に水辺で紫の花を咲かせるカキツバタ(杜若、燕子花)に由来し、刀身の気品ある姿と刃文の優美な流れが初夏の水辺に映える鮮やかな花々を連想させるとして付けられたと伝えられる。古来より熱田神宮の神宝の一振りとして奉祀されてきた。
古備前の優美な太刀と伝わるが、現在の指定・所蔵についての確実な記録は乏しい。草薙神剣を御神体とする熱田神宮において、燕子花はその神威を補佐する神刀として、代々大切に保管されてきた歴史がある。社伝では平安朝の皇族・公家との関係が示唆されているが、公式な来歴は非公開とされている。
刀身は平安後期の古備前の典型的な姿を示す。初雁と同様に腰反りが深く細身の優美な太刀姿で、全体に古雅な品格を有する。刃文は丁子乱れ(ちょうじみだれ)を主体とし、丁子の頭が揃って均整よく連なる美しい構成を示す。これは古備前・備前一文字派に共通する最も高雅な刃文様式の一つであり、燕子花という命名の美的意図とも共鳴する。沸は細かく上品で、匂い(におい)が深く、刃縁に柔らかな輝きが宿る。地鉄は小板目肌(こいためはだ)が詰んで地沸が細やかで均一であり、清澄で深みある地肌を示す。
古備前の太刀が持つ雅な美を伝える一振りと伝わる。
逸話・伝説
燕子花という名をめぐる伝説は、在原業平(ありわらのなりひら)と三河の八橋(やつはし)に咲くカキツバタを詠んだ古歌「から衣 きつつなれにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ」(伊勢物語・東下り)と結びついて語られることが多い。伝説によれば、業平またはその縁者がこの太刀を所持したまま都を発ち、東下り(あずまくだり)の旅の途次に三河を訪れた際、八橋のカキツバタの美しさに感動し「この刀の美しさはカキツバタに似ている」と詠嘆したことが名称の由来だという。その後この太刀は旅の縁を持つ熱田神宮に奉納されたとも伝えられる。
また別の伝承では、熱田神宮の神職が初夏のある夜に神宝庫の方角から花の香りを感じたという。驚いて確かめると、燕子花が収められた箱の周囲に紫色の光が漂い、まるでカキツバタの花が宿っているかのようであったとされる。以来この太刀は「美の刀」「雅の刀」として詩的・芸術的な霊威を持つものと信じられ、美を求める者、芸を磨く者の崇敬を集めてきたと伝えられる。
熱田神宮には多くの名刀が神宝として伝わるが、燕子花は特に「日本の美の象徴」としての精神的意義を担うものとして位置づけられ、その名の通り絵画や和歌の世界とも深く結びついた名刀として語り継がれている。