※画像はイメージです。太刀 銘 国吉(延寿国吉)
Tachi by Enju Kuniyoshi
別名: 延寿国吉・春日大社の眠れる名刀・肥後延寿派の太刀・77年間天井裏に眠った刀
解説
延寿派と刀工・国吉
延寿国吉(えんじゅくによし)は、肥後国(現在の熊本県)に栄えた延寿派(えんじゅは)の刀工である。延寿派の祖・国村(くにむら)は大和来派(やまとらいは)・国頼(くにより)の孫とされ、鎌倉後期から南北朝期にかけて肥後の菊池氏(きくちし)の庇護のもとで発展した。国吉は国村の子(二郎または五郎と称すとも伝わる)にあたり、来派(らいは)の系譜を引く清雅な作風で知られる。
春日大社天井裏からの発見
この太刀は2016年(平成28年)2月、奈良市の春日大社(かすがたいしゃ)の宝庫(ほうこ)の天井裏から発見されたという劇的な経緯を持つ。刀身長は約107センチメートル、茎(なかご)に「国吉」の銘を有し、約77年間ほぼ未研磨のまま保存されていた。鎌倉時代のほぼ当時の研ぎをそのまま残す中世刀は現代においてきわめて稀であり、刀剣研究上も例外的に貴重な状態で保存されていたことが判明した。
修復と学術的評価
人間国宝の刀剣研磨師・本阿弥光洲(ほんあみこうしゅう)による本格的な修復を経て、東京国立博物館の研究員・酒井元樹(さかいもとき)氏が「国宝と比較しても遜色ない」と高く評価した。また、弘安6年(1283年)に六波羅探題(ろくはらたんだい)の奉行を務めた北条時村(ほうじょうときむら)が奉納した可能性も指摘されており、鎌倉幕府との歴史的なつながりを示す証拠として注目されている。
刀の特徴と延寿派の作風
来派の系譜を受け継ぐ延寿派特有の作風を示す。地鉄(じがね)は精美な小板目・柾目(こいためまさめ)交じりで地肌が白く冴え、刃文(はもん)は穏やかな直刃(すぐは)を基調とし、小さな変化を交えた品格ある焼刃を展開する。南北朝以降に流行した豪壮な打刀とは対照的な、公家・武家双方に愛された清雅な刀姿が特徴である。
後世との縁
室町幕府6代将軍・足利義教(あしかがよしのり)も延寿国吉の刀を愛用したとする文献記録がある。発見・修復後は春日大社の宝物として保管・公開されており、現代の「眠れる名刀」として刀剣ファンの間で語り継がれている。
逸話・伝説
春日大社の宝庫天井裏に約77年間眠り続けた後、2016年に発見されたという現代の「眠れる名刀」伝説。発見時には鎌倉時代の研ぎがほぼそのままの状態で残っており、時を超えて蘇った奇跡の刀として刀剣ファンの間で語られる。