※画像はイメージです。1346-1370南北朝期の年紀刀(南朝年号)
正平(しょうへい)
Shōhei Era
南朝が用いた年号「正平」(1346〜1370年)。1351〜52年の「正平一統」と、南朝の年紀を指裏に切る青江貞次の短刀(正平十二年=1357年)で知られる。
解説
南朝の年号「正平」
正平(しょうへい)は、南朝(吉野)が用いた年号で、1346年(北朝の貞和2年)12月から1370年(正平25年=北朝の応安3年、建徳元年)7月まで続いた。南朝の天皇は後村上天皇と長慶天皇である。
正平一統
1351年(北朝の観応2年=南朝の正平6年)10月、足利尊氏は南朝に降伏し、南朝の勅使が入京した。この「正平一統」の間、北朝の年号は廃されて正平の年号に統一されたが、わずか4か月あまりで瓦解した。1352年(正平7年)には北朝の観応の年号が復活している。
年紀の残る短刀
短刀「備中国住大隈権介平貞次」(銘「正平十二年八月日作」)は、指表に刀工名、指裏に南朝の年紀を切る。年紀は1357年にあたる。作者は後鳥羽院の御番鍛冶を務めたとされる古青江の刀工で、本品は年紀を伴う貞次の基準作の一つとされる。平造・三ツ棟で、板目に杢が交じり、広直刃に小丁子が交じる。
この時代の刀の特徴
- 南朝年号「正平」(1346〜1370年)
- 正平一統(1351〜52年):北朝の年号が一時廃された
- 南朝の年紀を切る青江貞次の短刀(正平十二年=1357年)
代表的な刀工
青江貞次(備中青江)