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※画像はイメージです。奈良県天理市の石上神宮(いそのかみじんぐう)に古くから伝来する七支刀(しちしとう)は、日本刀の歴史を考えるうえで欠かせない古代の鉄刀である。1953年(昭和28年)に国宝に指定された。
七支刀は全長およそ74.8cmで、剣身の左右に段違いに3本ずつ、計6本の枝刃を持つ。中心の刀身と合わせて「七支」と呼ばれる独特の姿は、実戦用というより儀礼的・象徴的な性格が強いと考えられている。
最大の特徴は、刀身の表裏に金象嵌(きんぞうがん)で施された約60余字の銘文である。明治期以降、研究者によって解読が進められてきたが、腐食のため判読困難な箇所も残り、文字の確定や解釈には今なお諸説がある。
銘文の有力な読みによれば、この刀は「泰□四年」に百済王の世子(後継者)が倭王のために作らせ、贈ったものとされる。「泰和(たいわ)」を東晋(とうしん)の年号「太和」(西暦366〜371年)の仮借とみる説が有力で、これに従えば製作は4世紀後半、おおむね西暦369年ごろと推定される。ただし年号の比定には異説もあり、確定はしていない。
百済から倭への贈与という文脈は、4世紀の朝鮮半島と倭国(ヤマト政権)の外交関係を示す希少な文字史料として重視されている。同じく4世紀の東アジアを記す『広開土王碑(好太王碑)』とともに、文献の乏しいこの時代を知る貴重な手がかりである。
『日本書紀』神功皇后摂政五十二年条には、百済の使いが「七枝刀(ななつさやのたち)」をはじめとする品々を献上したという記事がある。石上神宮の七支刀をこの記事の刀と関連づける見方は古くから有力で、刀身の銘文と文献の記事を突き合わせる研究が重ねられてきた。
銘文という同時代の文字史料と、後世に編纂された文献の双方から一つの器物を検討できる事例は、日本古代史のなかでもきわめて珍しい。ただし『日本書紀』の紀年と実際の年代の対応には慎重な検討が必要とされており、記事の刀と現存する七支刀を同一視できるかどうかも含めて、議論は現在も続いている。結論が定まらないこと自体が、この刀をめぐる研究史の厚みを示しているといえる。
石上神宮は奈良県天理市に鎮座する古社で、古代には朝廷の武器の管理と関わりの深い社であったと伝えられる。武をつかさどる神を祀る社に古代の鉄刀が神宝として伝わったことは、刀剣が古くから信仰と深く結びついた器物であったことを物語る。
七支刀の銘文は、明治時代に刀身の錆の下から金象嵌の文字が確認されたことで広く知られるようになり、以後の銘文研究の出発点となった。土中から出土した遺物ではなく、地上で守り継がれた伝世品としてこれほど古い鉄刀が残った例は他にほとんどなく、伝来の場としての神宮の存在は七支刀の価値と不可分である。
銘文を刻む金象嵌は、鉄の表面に鏨(たがね)で文字の形に溝を彫り、そこに金の線を打ち込んで固定する技法である。表面に書き付ける墨書などと異なり、金属どうしを物理的に組み合わせるため、地金との密着が保たれれば千年を超えて文字を保持できる。七支刀の銘文が今日まで読み取れるのは、この技法の耐久性と、神宝として丁重に扱われてきた保存環境の両方によるところが大きい。一方で錆による腐食は象嵌部分にも及ぶため、判読をめぐる文字の確定は現在も研究課題であり続けている。
七支刀は、後の反りを持つ日本刀(太刀)が成立する以前、直刀(ちょくとう)が用いられた時代の鉄刀文化を今に伝える。大陸・半島との交流のなかで鉄器や鍛造技術が列島へ流入していった過程を、現存する実物として物語る点に大きな価値がある。
長らく社宝として神域に守られてきたことが、千数百年を経てなお銘文を読み取れる状態での伝存を可能にした。古代の刀剣が単なる武器ではなく、外交の証・信仰の対象として扱われたことを示す象徴的な一振りである。
七支刀の時代の刀剣は反りを持たない直刀であり、後の日本刀(湾刀)とは姿も製作の文脈も異なる。反りのある湾刀の成立は平安時代中期ごろとされ、それ以前の数百年間は、大陸や朝鮮半島から流入した鍛鉄の技術を列島の工人が受容し、消化していった時代にあたる。古墳から出土する直刀群や、奈良時代の刀剣を伝える正倉院の宝物などと時代順に並べて眺めると、日本刀成立前史の流れがつかみやすい。七支刀はその最も早い段階に位置する、銘文という文字情報を伴った現存実物として、教科書から専門研究まで幅広く参照され続けている。
七支刀の実物を目にできる機会は限られているため、まずは図録や研究書の写真・銘文の釈文を通じて、その特異な形状と文字に親しむのが現実的な入口となる。古代刀剣は中世以降の日本刀とは鑑賞の文脈が異なるが、「鉄の刀剣がどこから来て、どのように日本刀へ展開していったのか」という大きな見取り図を持つことは、時代を問わず刀剣理解の土台になる。
日本刀の源流や古代刀剣の歴史に関心がある方は、TOUKENZAの刀剣一覧やコラムで、時代ごとの刀剣の姿と背景をあわせてご覧いただきたい。