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※画像はイメージです。日本刀の鑑賞では刀身の刃文や地肌に注目が集まりがちだが、拵えの機能を支える鎺(はばき)にまで目を向ける人は少ない。鎺とは、刀身の根本・刃区(はまち)の直上に固定される金属製の環状部品だ。鞘(さや)の入口「鯉口(こいぐち)」と緊密に接して刀を鞘内で固定し、抜き差しの際の摩擦と位置決めを担う。
地味な存在に見えるが、鎺の精度が悪ければ刀は鞘の中でがたつき、抜刀時に鞘口の木を傷めてしまう。鎺の嵌まり方が緩いと、刀が鞘から飛び出す事故にもつながる。刀装の安全性と操作性を支えるという点で、鎺は刀装具の要と言える。
江戸時代の刀装制作は高度に分業化されており、鐔師・目貫師・縁頭師・柄巻師・鞘師・塗師といった各専門職が存在した。その中で鎺は白銀師(しろがねし)と呼ばれる金工職人が担当するのが通例で、現代ではこれを鎺師(はばきし)と称することが多い。
鎺師の仕事は、刀身の刃区形状に合わせた精密な金属加工である。刀身は一振りごとに寸法が異なるため、鎺は基本的に一品一作だ。既成品の鎺を刀身に合わせて削り調整する「合わせ仕事」も行われるが、名刀に施される鎺は新規制作が基本とされる。
鎺師の一日は素材の準備から始まる。鎺に使われる素材は大きく三種類に分かれる。
銅(あかがね)は最も汎用的で加工しやすく、廉価な鎺に用いられる。表面に金や銀を薄く貼った「金着せ銅鎺(きんきせどうはばき)」や「銀着せ銅鎺」はこのタイプだ。
赤銅(しゃくどう)は銅に金を数%混ぜた合金で、「煮色(にいろ)」と呼ばれる化学処理を施すと独特の漆黒に発色する。格調高い拵えの鎺として広く使われ、鎌倉から室町にかけての古作鎺にも多く見られる。
銀(しろがね)は武家の格式を示す素材として使われ、「磨き銀鎺」は白い光沢が特徴だ。現代では純銀より扱いやすい銀合金が使われることも多い。
朝の仕事はまず素材板を必要な厚みに加工することから始まる。板金を叩いて伸ばし、刀身の刃区幅に合わせた大きさに切り出す。この段階での精度が以後の全工程を左右するため、ノギスと目盛りを使った計測が念入りに行われる。
切り出した金属板を、刀身の断面形状に合わせて徐々に成形していく。鎺師は小型の槌と「たがね(鏨)」を使い、板金を曲げ・絞り・整形する。
刀身の断面は複雑な曲線(鎬造りであれば鎬筋を境に地肌面と刃先面で角度が異なる)を描くため、単純な金属板を合わせ込むには精巧な手作業が必要だ。鎺の内側を刀身外形に沿って成形するこの工程を「攻め(せめ)」と呼ぶ。
午前中に成形がひととおり終わると、実際の刀身に仮嵌めして隙間や緩みを確認する「仮合わせ」が行われる。鎺は刀身に対してきつすぎても緩すぎてもいけない。適切なはめ込み感を、鎺師は「しっとりとした抵抗感」と表現する——すっと入るが、指で軽く押せばある程度の力が必要という微妙な塩梅だ。
仮合わせで問題がなければ、接合部の最終固定と表面仕上げに入る。鎺は一体成形が理想だが、実際には巻き付けた金属板の「合わせ目(はぎ目)」をろう付け(銀ろう・金ろうなど)で接合する方法も広く使われる。
その後の表面処理は素材により異なる。銅や赤銅の場合は「煮色(にいろ)」工程——塩化アンモニウム・酢・水の混合液で素材を煮て酸化を促し、独特の深い色を発現させる。この色は「化学的な錆び」であり、長期にわたる安定性を持つ。
銀の場合は磨き仕上げが基本で、まず荒砥・中砥で傷を消し、最後に「篦(へら)」と呼ばれる工具で表面を圧縮して光沢を出す。最終的な鏡面仕上げには木炭粉を使った摩擦磨きが用いられる。
現代の鎺師が直面する課題の一つが素材の調達難だ。伝統的な赤銅合金は、刀装具に適した比率(金3〜5%+銅95〜97%)で精製されたものを専門の金工材料商から入手していた。しかし刀装具産業全体の縮小により、こうした専門商が減少しつつある。
銀ろうの品質も課題になってきている。接合に使うろう材の純度や流動性が鎺の品質を大きく左右するが、伝統的な配合の銀ろうを精製する業者は限られており、現代の規格品が必ずしも伝統技法に適合するわけではない。
複数の刀匠・刀装具師が結束して素材の共同購入・保存を行う動きも出ており、東京刀剣商組合や各地の鍛刀保存団体が一定の役割を担っている。
現在、専業の鎺師は日本全国で数十名程度と推定される。多くは刀装具全般を手がける白銀師・金工職人の兼業であり、純粋に鎺のみを専業とする職人はさらに少ない。
技術の継承は徒弟制度が基本で、数年の見習い期間を経て独立するのが通例だ。しかし徒弟を受け入れるためには師匠自身の仕事量が安定していなければならず、近年は高齢化とともに後継者受け入れを停止する師匠も増えている。
刀装具の展示会・即売会である「小道具の会」などのイベントが技術者ネットワークの維持に機能しており、若い世代の鎺師がここで先輩師匠の仕事を間近で観察する機会を得ている。一本の刀を完成させる過程で鎺師の精密な仕事が果たす役割——それを次世代に繋ぐための取り組みが、今も静かに進んでいる。
日本刀×日本文化体験
観光スポットと刀剣文化をつなぐ多言語展開。